『ザ・ディープ・ハウス』85分とコンパクトな幽霊屋敷フレンチ・ホラー。しかし水中で息を止めるにはその時間はあまりにも長い・・・

2022.09.14

◆今週公開の注目作

『ザ・ディープ・ハウス』

人はなぜ廃墟に魅入られるのだろうか。筆者は学生の頃に興味本位で、地元で有名な廃墟ホテルの近くまで行った経験がある。近くとは言っても、そこから建物までは少し距離があったため、その姿を直接拝むことはできなかった。あの時足を止めた理由は何だったのだろう。そこに「立入禁止」の看板が立っていたからではないように思う。幽霊が怖かった？　だが、幽霊が出るとも考えにくい場所だった。ホテルは開業前に建設中止になってしまったからだ。では、誰もいないはずの場所にいる得体の知れない人間に出会う可能性を怖れたのだろうか。今でも時たまあのホテルを思い出すが、自分の選択を後悔はしていない。

当時は現在のようにYouTuberが活躍する時代ではなかったが、もし廃墟系YouTuberがあのホテルを訪れる動画を出せばすぐに視聴しただろう。自分でやるのは嫌だが興味はある…、そんな卑怯とも言える欲望を彼らは満たしてくれる。そして、それは映画も同じだ。本作『ザ・ディープ・ハウス』では、カップルの廃墟系YouTuberが廃墟となった屋敷を訪れる。ただの屋敷ではない。何と水中に沈んでいるのだ。新鮮な設定だが、ダム建設のために水底に沈んだ廃村などは実在するので、妙に生々しい。

廃村と同じく、この屋敷は突然水に飲まれたのではない。溺れて死んだ人間などいるはずがない。にもかかわらず、2人はなぜか鎖に繋がれた死体を発見してしまう。最悪の連鎖の始まりだ。嫌な想像は加速し、呼吸が荒くなる。酸素の残量は見る見るうちに減っていき、酸欠で脳の活動は低下する…。あなたが最も怖れる悪夢は何だろうか？　筆者が苦手なのは、時々見てしまう、足をどれだけ動かしてもゆっくりとしか進めない夢だ。カップルは何に襲われようと、のろのろと逃げることしかできない。

人はなぜ廃墟に魅入られるのか。思うに、廃墟はある種の異世界なのだ。そこにいるべき人間は存在せず、かつては使われていたはずの物たちがそのまま打ち捨てられた場所。家を含め、物は全て目的を持って作られている。目的を果たせなくなったならば、それらは無機物でありながら死んでいるのだ。我々は、死に囲まれた異世界を知っている。来る者は拒まないが、去ることは決して許さない。行きはよいよい、帰りはこわい――この一方通行の細道は、どこにもないが、どこにでも存在する。そして、廃墟を遠くから双眼鏡で覗き見ているだけの観客はほっと胸を撫で下ろすのだ。ああ、実際に行かなくて良かったと。

【ストーリー】
世界各地の廃墟などをアップし登録者数を増やしているYouTuberカップルのティナ(カミーユ・ロウ)とベン(ジェームズ・ジャガー)は、ある湖に沈められた曰くつきの屋敷を撮影するのが目的でフランスの郊外にやって来た。湖畔で知り合ったピエール(エリック・サヴァン)から場所を案内してもらい水面下に潜ると不気味な屋敷が彼らを待っていた。屋敷内を探索、撮影していると不思議な現象や幻影が次々と襲って来る。危険な雰囲気を察知し酸素量も少なくなり屋敷から出ようとするが、いつの間にか出口が塞がれていた。パニックとなる彼らの目の前に、想像を絶する恐怖が！！

【スタッフ】
監督・脚本：ジュリアン・モーリー＆アレクサンドル・バスティロ
音楽：ラファエル・ゲスカ
撮影：ジャック・バラード

【キャスト】
ジェームズ・ジャガー『アウトポスト』
カミーユ・ロウ「インベージョン」
エリック・サヴァン『CAGED -監禁-』
アレクシス・セルヴァース
アン・クレサン
キャロライナ・マッシー