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『ダーク・アンド・ウィケッド』“分からないこと”が恐ろしい。その恐怖の根源を見極めろ!

◆今週公開の注目作
『ダーク・アンド・ウィケッド』

文:屋我平一朗(日々メタルで精神統一を図る映画ブロガー)

「家族ドラマ」と聞くと、ハートウォーミングな作品を想像される方が多いかもしれない。しかし、ホラーファンの場合は胸騒ぎがすることだろう。近年の傑作“家族ホラー”『ヘレディタリー 継承』(2018)が改めて証明したように、家族ドラマとホラーは(意外にも?)相性が良い。家族は、強い絆で結ばれた離れがたい存在だからだ。必ずしも、好きすぎて、ではない。「絆」という字は元々、馬などの動物を繋いでおくための綱を意味していた。家族とは、生まれた瞬間から切れない紐で雁字搦めにされるという、一種の呪いでもあるのだ。

この『ダーク・アンド・ウィケッド』も家族ホラーの一面がある。寝たきりの父親と介護人の母親が暮らす農場に姉弟が帰省したことから始まる不幸の連鎖を描いている。生気を失った母親を見て、姉弟は「もっと早く帰るべきだった」と罪悪感を覚えるがどうすることもできないでいると、母親は首を吊って自殺。姉弟はさらなる罪の意識に苛まれ、精神的に追い詰められていく。罪悪感は、ナタリー・エリカ・ジェームズ監督が自身の祖母との関係を基にして作った認知症ホラー『レリック -遺物-』と共通する要素だが、あちらと違って本作には愛の温かみが感じられない。家族関係が最悪、というわけではなさそうなのだが、どうもこの家からは体温を感じられないのだ。

家族を縛り付けているのは、意思疎通も取れず、病院へ移れるほどの体力もなく、日に日に衰弱し死を待つだけの父親だ。母親は介護疲れで死を選んだのかと思いきや、日記には「悪魔の存在を感じる」と書き遺されていた。では母親は精神を病んでいたのかと思えば、次第に姉弟も怪現象に遭遇するようになる。オーメン(前兆)として印象的なのは家鳴りだ。我々が普段の生活の中でよく聞く、部屋のどこかから発されるミシミシという音。そして、警報(サイレン)のように響く家畜の不気味な鳴き声だ。サイレンの語源は、ギリシャ神話に登場する歌声で船を難破させる怪物、セイレーン。まさに、一家を死に誘う不吉なメロディだ。本作で描かれるのは月曜日から日曜日までの7日間。“7日目”は天地を創造した神の安息日だ(聖書的には土曜日にあたるが)。神が不在の中、姉弟は生き残ることができるのだろうか?

大抵のホラー映画では、怖がるべき対象がハッキリしている。殺人鬼や幽霊、それこそ悪魔など。実体がないはずの悪魔ですら、ただのモンスターにしか見えない場合も多々ある。しかし、そういう描写はある意味で親切だ。人間は理解によって、不可解なものから脅威を取り除くことができる。悪魔に対し物理攻撃が効くと分かれば、対策の立てようもあるだろう? それに対して、本作の“悪魔”は悪魔らしい。タイトルで「ウィケッド(wicked、邪悪なもの)」と呼ばれているように、そのやり口は残忍で狡猾だ。人の心を弄び、実体はなく、呼んでもいないのに影のように忍び寄る。…まるで、存在しないかのようですらある。

「恐怖」と「不安」の違いをご存じだろうか。心理学的には、明確な対象があるものを恐怖、対象がないものを不安と呼ぶ。この『ダーク・アンド・ウィケッド』では、確かに「何か」が怖いのだが、その正体が分からない。本当に悪魔がいるのかもしれないし、ノイローゼになった家族が自壊していくだけの物語なのかもしれない。画面には明らかに異常なものが映っているが、姉弟の妄想でないと証明する術はないし、そもそも悪魔が形而上的な、人間の意識でしか捉えられない存在ならば、妄想との区別は困難だ。怖がるべき対象を特定できれば理解のしようもあるのだが、全方向に恐怖を感じなければならない。もはや対象がないのと同じだ。観客は95分間、宙ぶらりんの状態を強いられる。

本作は「何か」に加えて、「なぜか」も明らかにされない非常にウィケッドな作りになっている。だが、だからこそリアリティを感じさせる。我々の生活で、本当の意味で、物事の原因や理由が分かることなどないのかもしれないからだ。原因を辿ろうとすると、「出来事Aは原因Bによって引き起こされた。原因Bには原因Cが関わっており、さらに原因Dが…」と無限に後ずさりしていく。「人生は不条理なもの」と“理解”してしまえば良いのだろうが、それは諦めを意味してもいる。人生観をダークに染める本作ではあるが、幸い、観客はいかなる感想を持つことも自由だ。自分なりに「何か」、「なぜか」を埋めることでしか、この恐怖には対抗できない。

【ストーリー】
両親から離れてそれぞれ暮らすルイーズとマイケルの姉弟は、父の病状が悪化したとの報せを聞き、久方ぶりに生家であるテキサスの人里離れた農場を訪れる。父はそこで母に見守られ、ひっそりと最期を迎えようとしていた。ところが母は「来るなと言ったのに――」と彼らを突き放す。やがて彼らは両親の様子がおかしいことに気づく。そしてその夜、母が首を吊って亡くなった。それは彼らを待ち受ける想像を絶する恐怖の幕開けにすぎなかった。

【キャスト】
マリン・アイルランド、マイケル・アボット・Jr.、ザンダー・バークレイ

【スタッフ】
監督・脚本・製作:ブライアン・ベルティノ

配給:クロックワークス

公式サイト:https://klockworx-v.com/dark-wicked/

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