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『aftersun/アフターサン』記録と記憶の境目が陽炎のように揺らぐ。知らない過去を思い出し、そしてそれを変えるための旅へ。

◆今週公開の注目作

『aftersun/アフターサン』

文:屋我平一朗(日々メタルで精神統一を図る映画ブロガー)

これまた人を選びそうな映画が現れた。なぜかと言うと、劇中では何も起こらないからだ。もちろん、ずっと真っ暗な画面が映っているわけではないのでそれは文字通りの意味ではないのだが、分かりやすくエンタメ的な出来事はほぼ起こらないと言って良いだろう。映画には、受動的に見るだけでは楽しみづらいものもある。『aftersun/アフターサン』の場合も、積極的に映画にのめり込もうとしなければいけない。だからこそ万人受けはしないが、人によっては二度と抜け出せない魅力を感じる可能性もある。本作は、昨年のカンヌ国際映画祭で期待の新人監督を発掘するための「批評家週間」に選出され、A24が北米配給権を獲得した。クオリティはお墨付きだ。

主に劇中で描かれるのは、父娘がトルコのリゾートに行った時の思い出だ。そのリゾートは、外国人がたくさん訪れる大人気スポットとはとても言えなかったけれど、当時11歳だったソフィはたまにしか会えない父カラムと夏休みを楽しもうとしていた。その様子をビデオカメラに記録していたので、当時のカラムと同じ30歳に成長したソフィが後からそれを振り返る、というのが本作の構造になっている。幼いソフィの希望にはお金に余裕がないはずのカラムも応えてくれたし、周りにいる若者カップルたちも恋愛がどういうものかを少しだけ教えてくれた。良い思い出だったはずだ。ところが、現在のソフィはどこか浮かない表情をしている。親の年になってようやく当時のカラムの心情が分かるような、いやそれでも分からないような、複雑な心持ちなのだ。

とりとめもない静かなバカンスを過ごす彼らを見ていると、観客としては延々と他人のホームビデオを眺めている感覚になる。はじめは我々も、幼いソフィと同様に映っているものをそのまま受け取るが、見ているうちに、大人のソフィと同様に優しいカラムの不穏な面に気づくだろう。映像は記録だが、記憶もまた編集された映像。カメラに映っているもの自体は変わらなくとも、それを振り返る側には時に違って見える。視線を向けるのがこれまでの対象から移ったり、物事への解釈も変わったりする。過去は変えられないと思う方が多いだろうが、主観的には過去はいくらでも変化する。ソフィの過去を見て、観客は自分の体験を投影し始める。

ソフィにとって、カラムは空を見上げればそこにある太陽のような存在だったかもしれない。しかし、太陽を直接見つめても目がくらみ、残像が残るだけだ。それでも光は肌を焼き、確かにソフィに影響を与えている。太陽が地平線の向こうに沈む黄昏時/マジックアワーには、空を光が包み込む。光が完全に見えなくなっても、太陽は動かずそこにある。ソフィと同じ経験をしていなくとも、感傷的な気分になるのは間違いない。子ども時代のソフィ役のフランキー・コリオとカラム役のポール・メスカルは実の親子にしか見えないほど相性ピッタリだ。ちなみに、メスカルはリドリー・スコット監督が手がける『グラディエーター』の続編で主演を務めることが決まっている。普段と違う映画体験を求める方はぜひこの機会に、淡いきらめきに心奪われてはいかがだろう。

【ストーリー】
思春期まっただ中、11歳のソフィは、離れて暮らす若き父・カラムとトルコのひなびたリゾート地にやって来た。輝く太陽の下、カラムが入手したビデオカメラを互いに向け合い、親密な時間をともにする。20年後、カラムと同じ年齢になったソフィは、ローファイな映像のなかに大好きだった父の、当時は知らなかった一面を見出していく。

【キャスト】
ポール・メスカル、フランキー・コリオ、セリア・ロールソン・ホール 他

【スタッフ】
監督・脚本:シャーロット・ウェルズ

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