『梟-フクロウ-』朝鮮の史実に巣食う闇。盲目の一寸法師は、宮廷の鬼を倒せるか？

2024.02.08

◆今週公開の注目作

『梟-フクロウ-』

数年前、『ゴースト・イン・ザ・シェル』としてハリウッド映画化されたSF漫画『攻殻機動隊』。そのアニメ版である『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』の1話で、対テロ特殊部隊の公安9課に所属する主人公・草薙素子は体制批判をするテロリストにこういうセリフを吐く。“世の中に不満があるなら自分を変えろ。それが嫌なら、耳と目を閉じ、口を噤んで孤独に暮らせ。さもなくば…”。本心かそうでないのか、素子はそうしてテロリストの頭に銃口を向けるのだが、あなたはこのセリフをどう捉えるだろうか。大多数の人間は耳が聞こえ、目が見え、言葉が喋れる。さらに大抵の場合、多かれ少なかれ世の中に不満も感じているはずだ。では、あなたは貝(シェル)になりたいだろうか？

さて、本作の舞台は1645年、王・仁祖(インジョ)が統治する李氏朝鮮。朝鮮の500年超の歴史を記した『朝鮮王朝実録』によればこの年、仁祖の長男で世子(セジャ、第一後継者)の昭顕(ソヒョン)が怪死。経緯を説明すると、朝鮮は元々、中国全土を支配していた明(みん)と国交を結んでいたが、17世紀に入って明は弱体化し、後金(こうきん)が力を増してきた。後金は清(しん)と名を変え朝鮮を従えようとするも仁祖はそれを拒否し、1636年に両国間で丙子の乱が勃発。ところが清の戦力には敵わず、最終的に追い詰められた仁祖は南漢山城(ナムハンサンソン)に籠城、45日後に屈辱の中で降伏した。劇中、清の話が出る度に仁祖が顔をひどく歪めるのはこのためだ。

加えて、敗北のせいで昭顕世子は清に人質に取られた。8年後の1644年には明が滅亡、翌年の1645年には昭顕世子がようやく朝鮮へ念願の帰国を果たすのだが、そこで彼は謎の死を遂げるのだ。両目・両耳・両鼻孔・口の7つの穴から血を流した状態で。本作はこの歴史の闇を題材に、目が見えない鍼師を主人公に据えたポリティカル・スリラーとなっている。鍼師のギョンスは視覚の代わりに聴覚が鋭敏で、さらに医学的な知識が豊富。目が見える“だけ”のそこらの鍼師など凌駕する実力を評価され宮廷入りし、昭顕世子に目をかけられるも世子は死亡。幸か不幸か、ギョンスは他の誰にも見えていない真実、即ち真犯人に気づいてしまう。果たして、何の後ろ盾もない下々の民である彼は、見て見ぬふりをし生き延びることを選ぶのか、それとも…。

昔、筆者はパニック映画『ブラインドネス』を見て感銘を受けた。ジュリアン・ムーア、マーク・ラファロの他、伊勢谷友介や木村佳乃といった日本人俳優も登場する同作では、世界中の人間が突然視力を失う謎の病気に襲われる。狂乱の中で醜悪な本性をあらわにする人間もいれば助け合うことを選ぶ人間もいるのだが、同作のラストは少々意味深だ。つまり、同作において「見える/見えない」というのは、実は視力の話ではないのではないかと思わせてくれる。トラウマ映画と名高い『ミスト』でも町に霧が立ち込めて人々は道を違えていくし、「恋は盲目」なんて言葉もある。

本作のタイトルにもなっている梟は、ご存じ闇の中で夜目が効く鳥だ。それはもちろん、見えないのに“見えている”ギョンスのことも指しているが、「梟」という漢字が持つ意味は実に示唆に富んでいる。「梟将(きょうしょう)」と書けば「勇猛な大将」を、「梟首(きょうしゅ)」と書けば「さらし首」を表すのだ！　ギョンスはどこに活路を見出すのか。そして我々が同じ立場に置かれたらどうするか。その鍵はまさにこれだろう。即ち、「殻(シェル)を破れるか？」だ。

【ストーリー】
盲目の天才鍼医ギョンスは、病の弟を救うため、誰にも言えない秘密を抱えながら宮廷で働いている。しかし、ある夜、王の子の死を‟目撃“し、恐ろしくも悍ましい真実に直面する。見えない男は、常闇に何を見たのか―？追われる身となった彼は、制御不能な狂気が迫るなか、昼夜に隠された謎を暴くために闇常闇を駆ける―。絶望までのタイムリミットは、朝日が昇るまで―。

【スタッフ・キャスト】
監督：アン・テジン
出演：リュ・ジュンヨル、ユ・ヘジン
2022年／韓国／118分／原題：올빼미／英題：THE NIGHT OWL／日本語字幕：根本理恵／G／配給：ショウゲート
© 2022 NEXT ENTERTAINMENT WORLD & C-JES ENTERTAINMENT & CINEMA DAM DAM. All Rights Reserved.
公式HP: fukurou-movie.com
公式X：@showgate_youga

2024年2/9（金）より、新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて全国ロードショー

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