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『人生クライマー 山野井泰史と垂直の世界 完全版』世界のレジェンド山野井泰史、その天才と狂気【後編】彼は何故生きて還り続けられたのか?

◆今週公開の注目作

『人生クライマー 山野井泰史と垂直の世界 完全版』

文:たんす屋(神社好きの中年Youtuber)

 

ミニシアター興収ランキング1位となり、全国各地で順次公開となる『人生クライマー 山野井泰史と垂直の世界』。この登山ドキュメンタリーにみせかけて、実は現代人が観るべき圧倒的な人物列伝、の公開にあわせて、紹介を2回にわたってしたいと思います。

後編は「ネタバレあり編」ということで、本編を観るとわかる山野井泰史の凄味に迫っていきたいと思います。

【前編はこちら】クライマー山野井はどれ程凄いのか?
https://moviemarbie.com/recommend/osusume-257/

山野井さんのこれまでの実績については「山と渓谷」のヤマケイオンラインがざっと分かっていいかと思いますので見てみてください。

ピオレドール生涯功労賞受賞者・山野井泰史の軌跡を振り返る 〜ダイジェスト〜
https://www.yamakei-online.com/yama-ya/detail.php?id=1769

 

山野井泰史の映画をみて、俄然惹かれるのは、あの山野井さんの目だ。キラキラした瞳。

「僕と同じくらい山が好きだ」という時の目、あたかもそこに雪山があるかのように風に舞う粉雪を語る時の目、いかに彼が山というものを愛しているかがわかる、ほとんど少女漫画に近いくらい瞳がキラキラしているのだ。いや、冗談ではない。山野井は少女どころか少年のようで、彼は愛すべきものを愛してるからこそ年を取らないのだろう。

そして、そのキラキラが絶好調に達していると思えるのが、「ソロ」つまり単独登山の魅力を語る時だ。彼にとって「ソロ」は、単なるチャレンジや“一人で全部やった!”という虚栄の道具ではない、100%自然と自分という「個」が向き合えるの贅沢で神聖な体験が「ソロ」なのだ。多くの「ソロ」をやる登山家もそのような心を持っているだろう。

だが、その「魅力」は一方で「魔力」でもある。

本編中では、篠原達郎、宇佐美栄一、石坂工、野田賢、今井健司、一村文隆、など登山中に死亡する登山家を複数紹介しているが、多くはソロクライマーであり、傑出したアルパインクライマーであってもこの「魔力」の前にはなす術がないように思える。

では何故、山野井は生きて還り続けられたのか?

実際、これほど何十年にもわたり危険地帯へ足を踏み入れ、ソロをやってきた登山家はほとんど生きていない。何故か?

前編で解説したように、クライマー山野井泰史の凄さは、ヨセミテの修行などでフリークライミングの能力を身に付けて、ヒマラヤの高地に臨んだこと、高度への順応力があったこと、そして何より強烈な用意周到さが挙げられる。

妙子夫人も「泰史の能力は個別の登山能力ならもっとできる人はいるかもしれないが、計画や準備を行う能力が高い」と言っている。ヒマラヤ登山家としては山野井よりも先輩のクライマー・山野井妙子の言葉だけに重みがある。

山野井自身がポーランドの世界的アルパインクライマー、ヴォイテク・クルティカを評する時も「僕以上に慎重、山でつまづいたこともないらしい」と評価するポイントが興味深い。

山野井は少年時代、ゆっくり走っている貨物列車の下をくぐって抜けれるのではないかと思い立ち、それが出来たらどんなに素敵だろうと想像し、一つ間違えば死んでしまうのはわかっていたから様々なやり方を妄想し検証し、それでも行けると確信したと語っている(実際やったかどうかはいろいろ問題があるので言わなかったが、)

つまり彼は危険にとてつもない魅力を覚えるが、それを実行するための周到さと想像力を持ち合わせていた。危険の限界を見極め、手なずける能力。いやこれは能力というより、生まれもった嗜好みたいなものかもしれない。

また、「自分にはこの後何が起こるかわかる想像力がある。これは他人にはないということもわかる」とも自身を語っている。山野井は登山同行者を死なせてない登山家であることも有名だが、これはその証左であろう。彼にだけ見えているものがあるのだと思う。

だがそんな山野井でも微妙な時もある。

1996年のマカルーはまさにそのせめぎ合いだったと思う。

「ヒマラヤ最後の課題」マカルー西壁の難度は半端ではない。実際、山野井以前も以降も数人がチャレンジしているが、未だにそこを制して登頂している人がいないほどだ。

7000m以上の高度で覆いかぶさる異様なオーバーハングは、万全の準備をしてきた山野井の心も覆った。長年、目標としていた山だけに簡単に放り投げる訳にはいかない。「内臓が腐る」と表現した極限状況に山野井は追い込まれた。

結局落石に当たってしまい、妙子夫人にも意見され登頂を諦めたが、石に当たらなかったら、妙子夫人がいなかったら、もしかしたら、もっと危険な状況になっていたかもしれない。

2002年のギャチュンカンはそんなマカルーのリベンジにも似た想いでアタックした山だ。

ギャチュンカンの北壁もまた異常な難度を誇り、人を寄せ付けない。それゆえ山野井は魅力を感じた。ここで彼は妙子夫人と共に空前絶後ともいえるサバイバルをすることになる。山野井は単独でギャチュンカンを制したあと下山途中合流した妙子夫人と共に雪崩に会う。結果的に自力で還ってきたので「遭難」とは言わないらしいが、そのへんの「遭難」の数倍苛烈な生きるための戦いが繰り広げられる。妙子夫人は雪崩に流され、崖からロープに宙づりとなった、山野井は目が見えなくなった。

「目が凍ったのではないか」と本人が言ってるが、恐ろしいことである、暗黒の中7000mの崖から降りようというのだ。彼は零下何十度という吹雪の中手袋をはずし、手の感触を頼りにハーケンを撃ち込み、宙づりの妙子夫人を下ろし、自分もなんとか降りた。結果、重い凍傷となり、両手および右足の指を計10本失う代償を払うことに。(★ギャチュンカン直後の「山野井泰史のブログ」https://www.evernew.co.jp/outdoor/yamanoi/2002/20021029.html

ギャチュンカンは正確にはソロではないが、ソロクライマー山野井にとって大きな気付きのあった山なのではないか。沢木耕太郎の「凍」でも明らかなように、山野井は妙子夫人を助けもしたが、妙子夫人がいなければ下山できなかったのである。

この重大事故は、クライマー山野井にとって唯一の大きな空虚となった。手足の指を失って「もういいかな」と思ったとしても無理はない。いや、それで懲りなければ人間ではない。

それ故、次のポタラの再起は伝説といっていい。彼が中国四川省へトレッキングに行った時、ポタラの切り立つ圧倒的な断崖をみて、「あぁ」と感嘆し、折れた心の中に沸き立つものを感じ、挑み、挫折し、翌年再チャレンジで制するストーリーはこれまた圧巻だと思うので、是非、沢木耕太郎には「凍」の続きを書いてほしいものだと思う。人間にとって「再起」がどれほど価値がある事なのか、読む者に勇気と希望を与えてくれるストーリーになると勝手に想像している。

ずいぶん遠回りしたが、「彼は何故生きて還り続けられたか」。この答えのひとつは山野井妙子である。

山野井自身が「(それまで寝袋片手に生きてきたが)ホッとする場所ができた」と妙子夫人との暮らしを語っているが、マカルー、ギャチュンカン、妙子夫人は一番危ないポイントで山野井の意識の中に現れる。

人は還れる場所があるから還ってくるのだ。

そして本編では、両親など家族の存在にも気づかされることになる。

山野井泰史はソロクライマーではあるが、決してひとりではない。

「ソロ」の魔力に魅せられた男が、その暗黒面である圧倒的な「孤独」について「そんな孤独にもう耐えられそうにない」と語る時、我々は天才の敗北宣伝と受け取るかもしれない。が、それは一方で僕ら山野井ファンの幻想と違う「一人で生きてるわけじゃない」という人間・山野井が見えた気がしたし、冷静な判断力は衰えていないというか、これだけ率直に自分の衰えを分析できる人がいるのかなと心地よい尊敬に包まれた。

でもやはり、最後に8000m峰に未練はあるかと聞かれ「あるねぇ」と瞳をキラキラ輝かせる山野井にわくわくするし、妙子夫人に黙って家の中に作った秘密基地のようなボルダリング練習場所でゴソゴソ何かやってる山野井さんを見てると、「こりゃまた何かやりそうだなー」と妄想してしまうのである。

 【ストーリー】
「誰も成し遂げていないクライミングを成功させて、生きて還る」世界の巨壁に単独で挑み続けてきたクライマー・山野井泰史。彼は2021年、登山界最高の栄誉、ピオレドール生涯功労賞を受賞した。しかし、山野井の挑戦は終わらない。伊豆半島にある未踏の岩壁に新たなルートを引こうとしていた。そして再びヒマラヤにも…。“垂直の世界”に魅せられた男の激しい生き様とは?貴重な未公開ソロ登攀映像とともに振り返り、山野井の生涯のパートナーである妻・妙子への取材も通して問いかける。

【スタッフ】
監督:武石浩明
撮影:沓澤安明、小嶌基史、土肥治朗
編集:金野雅也
MA:深澤慎也
選曲:津崎栄作
企画・エグゼクティブプロデューサー:大久保竜
チーフプロデューサー:松原由昌
プロデューサー:津村有紀  
TBS DOCS事務局:富岡裕一

2022年/日本/5.1ch/16:9/上映時間:109分
製作:TBSテレビ
配給:KADOKAWA
©TBSテレビ

公式HP:http://jinsei-climber.jp
公式Twitter:@jinsei_climber
公式Facebook:@jinseiclimber

11月25日(金)角川シネマ有楽町ほか全国順次公開

 

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