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『リー・ミラー 彼女の瞳が映す世界』その“瞬き”が、見過ごされたはずの一瞬を確かに過去として存在させる。

◆今週公開の注目作

『リー・ミラー 彼女の瞳が映す世界』

 

文:屋我平一朗(日々メタルで精神統一を図る映画ブロガー)

筆者は写真が苦手だ。撮られるのが、というと同じような方は多いかもしれないが、撮ることにも苦手意識がある。その理由は、シャッターチャンスを捉えられる自信がないからだ。被写体がほとんど動きのない風景や建物ならまだしも、刻一刻と移り変わる状況の中にある決定的な一瞬を写真に収められるとはとても思えない。カメラさえ構えなければ、失われる一瞬について一喜一憂する必要はない。まあ、何百枚もの連射が可能な現代では、それ自体杞憂なのかもしれない。しかし歴史を振り返れば、カメラの“瞬き”によってその一瞬をフィルムに焼き付け、目を向ける者の脳にまで焼き付かせた……言うなれば一瞬を永遠に変えてきた偉大な写真家たちが多くいる。本作『リー・ミラー 彼女の瞳が映す世界』で描かれている女性写真家リー・ミラーもその中のひとりだ。

昨年話題になった映画『シビル・ウォー アメリカ最後の日』で、キルスティン・ダンストが演じていた戦場カメラマンの名がリーだったが、それはこのリー・ミラーから取られている。現代にも残っているファッション雑誌「VOGUE」のモデルを務め、マン・レイはじめ数多の芸術家からミューズとして愛されたミラー。だが、交際相手であったディーラーのローランド・ペンローズとロンドンで暮らしながらナチス・ドイツの空襲に耐えているうち、何の役にも立たないまま怯え続けるだけの生活に嫌気が差す。そこで、彼女自身もまた写真家であることを活かし、英「VOGUE」の写真家として戦場の様子を伝えるという使命に目覚めるが、男性以上にバイタリティのあるミラーさえも疲弊させるほどの現実が戦場にはあった……。

ミラーはマン・レイとともに、モノクロ写真の白黒を反転させる(本来明るい部分が暗く、暗い部分が明るくなる)撮影技法・ソラリゼーションを発見したと言われているが、戦場とは平時の白黒、善悪が逆転している異常な場所だ。人間を殺せば称えられ、生き延びようとすれば詰られる。男性が始めた戦争でも、被害を受けるのは女性。「撮られる」、「傷つけられる」だけの受動的な存在から抜け出そうとするかのように、ミラーは戦友となる「LIFE」誌の写真家デイヴィッド・シャーマンと兵士ともに恐怖心を抑えつけながら最前線へ進んで行く。何度も帰るチャンスがありながらもさらなる危険へ突っ込んでいく精神は、正直凡人には理解しがたいものがある。しかし彼女のような人間がいなければ、多い、というにはあまりにも多すぎるユダヤ人たちを乗せた一方通行の列車や、世界の悪意を一身に受けた少女などの、この世の暗部が人々に知られるチャンスもなかったかもしれない。

ミラーを演じ、本人と外見的にも似ているケイト・ウィンスレットは、アンティークテーブルのコレクターらしい。その趣味は、今から10年前にウィンスレットとペンローズの妹・アニーが使っていたテーブルを運命的に引き合わせた。それが本作という形で結実したのは運命と呼びたくなるほどだ。本作は1977年の、あるジャーナリストと老いたリーの対話により過去が回想されていく形式になっているが、最後の最後、本当に短いシーンで今まではっきりとは語られてこなかったもうひとつのサブストーリーが鮮やかに浮かび上がってくる。まるで最初からもう一度見返したくなるミステリー映画のようだ。ミラーが、アドルフ・ヒトラーの使っていたバスタブで入浴する自分の写真を撮り、ヒトラーと夫人のエヴァ・ブラウンが自殺した1945年4月30日からちょうど80年が経った。写真はそれを撮った者と見る者、そして見る者と見る者自身を対話させる鏡だ。この“動く写真”と語らいに行くのには、これ以上ないタイミングだろう。

【ストーリー】
1938年フランス、リー・ミラーは、芸術家や詩人の親友たち──ソランジュ・ダヤンやヌーシュ・エリュアールらと休暇を過ごしている時に芸術家でアートディーラーのローランド・ペンローズと出会い、瞬く間に恋に落ちる。だが、ほどなく第二次世界大戦の脅威が迫り、一夜にして日常生活のすべてが一変する。写真家としての仕事を得たリーは、アメリカ「LIFE」誌のフォトジャーナリスト兼編集者のデイヴィッド・シャーマンと出会い、チームを組む。1945年従軍記者兼写真家としてブーヘンヴァルト強制収容所やダッハウ強制収容所など次々とスクープを掴み、ヒトラーが自死した日、ミュンヘンにあるヒトラーのアパートの浴室で戦争の終わりを伝える。だが、それらの光景は、リー自身の心にも深く焼きつき、戦後も長きに渡り彼女を苦しめることとなる。

【キャスト】
ケイト・ウィンスレット、アンディ・サムバーグ、アレクサンダー・スカルスガルド、マリオン・コティヤール、ジョシュ・オコナー、アンドレア・ライズボロー、ノエミ・メルラン

【スタッフ】
監督:エレン・クラス

 

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