『LAMB ラム』“それ”は神の子か、悪魔の子か。アイスランド発の産毛逆立つダークファンタジー。

2022.09.21

◆今週公開の注目作

『LAMB ラム』

本作『LAMB』はA24の新作ホラー(またはスリラー)と紹介されている。だが、ホラーと言っても種類は様々だ。怪物に襲われるもの、殺人鬼に追われるもの、幽霊を見てしまうもの…。テンションが高く次々に良からぬことが起こるもの、テンションが低く何も起こっていないように見えるが全編に不穏さが漂っているもの…。また、現実感の有無も作品によって大きく異なる。即物的な恐怖を味わわせてくるタイプと、シュールな表現で抽象的な味わいがあるタイプだ。後者はダークファンタジーとも形容できる作品になっている場合があり、不気味な民間伝承やおとぎ話を呼んでいるような感覚になる。同じA24のホラーで例えれば、17世紀を舞台に魔女の誕生を描いた『ウィッチ』のようなタイプだ。『LAMB』もそれに近い。

本作の主人公となる羊飼い夫婦、イングヴァルとマリアは寒々しいアイスランドの山々に囲まれた、人里離れた場所に住んでいる。昔話でいう、“あるところ”だ。ある日羊から、羊のようで羊ではない“何か”が生まれ落ち、過去に娘のアダを亡くしていた夫婦は、その“何か”にアダと名付け育て始める…というのが簡単なあらすじだ。起こっている事象だけを見れば、桃から生まれた桃太郎をおじいさんおばあさんが育てるような話なのだが、異形のアダを嬉々として受け入れる夫婦を、観客は少し距離をとって眺めるところから物語は始まる。

多くの日本人にとって、ラムと言えば羊肉を思い浮かべるだろう。正確には、生後12か月未満の羊、そしてその肉を指す。日常を飛び出して考えれば、「ラム・オブ・ゴッド(神の子羊)」、つまりイエス・キリストが関係する話ともとれる(食材ではなく贖罪だ)。“何か”の育ての母となるのが聖母と同じ名を持つマリアだし、アダという名も神の子アダムから来ているようにも思える。アダムは「人」という意味なので、そこから一部欠けた名は、完全な人ではない“何か”に名付けるにはピッタリだ。通常人名として用いられるアダ(Ada)には「高貴さ」の意味もある。アダは人にあらざる化け物なのか、人を超越した神聖な存在なのか…。

本作はセリフが少なくテーマ・答えが明確に提示されないので、そのような“親切さ”を求める観客には不向きかもしれない。だが、映画はそもそも、提示されるものを観客が一方的に受け取るだけでは不十分で、観客側も能動的に思考を巡らせ相互的なコミュニケーションを行わなければ真に楽しむことはできない(セリフばかりで説明するなら、映画ではなく小説の形でやれば良い)。本作は寒々しく美しい映像を言語としており、その内容はそれを聴く者によって異なる。本作のジャンルは、鑑賞後にあなたが名付けてあげると良いだろう。鑑賞中にできるのは、祈ることだけだ。夫婦の選択が仇とならぬよう…。

【ストーリー】
山間に住む羊飼いの夫婦イングヴァルとマリア。ある日、二人が羊の出産に立ち会うと、羊ではない何かが産まれてくる。子供を亡くしていた二人は、”アダ”と名付けその存在を育てることにする。奇跡がもたらした”アダ”との家族生活は大きな幸せをもたらすのだが、やがて彼らを破滅へと導いていく—。

【キャスト】
ノオミ・ラパス、ヒルミル・スナイル・グズナソン、ビョルン・フリーヌル・ハラルドソン

【スタッフ】
監督：ヴァルディミール・ヨハンソン
脚本：ショーン、ヴァルディミール・ヨハンソン
製作：ノオミ・ラパス、マーシン・ドラビンスキ、ヘルギ・ヨハンソン
配給：クロックワークス
提供：クロックワークス　オディティ・ピクチャーズ

2021年／アイスランド・スウェーデン・ポーランド／カラー／シネスコ／アイスランド語／字幕翻訳：北村広子／原題：LAMB／106分／R15＋

@2021 GO TO SHEEP, BLACK SPARK FILM &TV, MADANTS, FILM I VAST, CHIMNEY, RABBIT HOLE ALICJA GRAWON-JAKSIK, HELGI JÓHANNSSON

公式サイト：https://klockworx-v.com/lamb/
公式Twitter：@LAMBMOVIE_JP
式Instagram：@lambmovie_jp #LAMB

9月23日（金・祝）全国公開

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屋我平一朗

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