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『マリグナント 凶暴な悪夢』(後半) ジャーロであり、アンチ・ジャーロ。ジェームズ・ワン史上最も野心的な異形の怪物が、身の毛もよだつ産声を上げる。

◆今週公開の注目作 
『マリグナント 凶暴な悪夢』

 

文:屋我平一朗(日々メタルで精神統一を図る映画ブロガー)

 

前回の記事はこちら!
『マリグナント 凶暴な悪夢』(前半) 
ホラーの開拓者、ジェームズ・ワンが辿り着いた新境地。本作はもはや観客にとって「有害」だ!

本作を鑑賞し、無事に生還することができたのでこの“後半”記事をお届けする。死に近づきすぎたためか、内容が素晴らしすぎたためか、今非常に生を実感している。「新しいホラー」という謳い文句は伊達ではなかった。”前半”記事で、本作を「キメラ」と表現した。キメラはギリシャ神話に登場する、ライオンの頭、ヤギの胴体、ヘビの尾を持った火を吐く怪物だ。まさにそのような化け物的な傑作だった。

主人公のマディソンは不幸を絵に書いたような、実に不憫なキャラクターだ。数度の流産の後に再び妊娠したにも関わらず、DV夫から日常的に暴力を振るわれている。ある日、謎の殺人鬼が自宅に侵入し、DV夫は殺され、マディソンはまたしても流産。その後何度も、白昼夢的に殺人鬼の犯行現場のビジョンを見ることになり、憔悴していく。精神を病んでも全くおかしくない状況だが(ちなみに「キメラ(chimera)」という言葉には「奇怪な妄想」という意味もある)、ビジョンはことごとく現実となり、マディソンと観客を悪夢の迷宮に誘う。きっと読者の皆さんが特に気になっているのはこの点だろう。「彼女にそっと忍び寄る、後ろの正面だあれ?」

ところが、実は最も本作を本作たらしめているのは「フーダニット(犯人が誰か?)」の部分ではない。ジャーロは血まみれながらもミステリーには違いないので最終的に犯人の種明かしをするものなのだが、一番の見所はそこではなくやはり殺人場面なのだ。観客を殺人の快楽に酔う犯人と同化させるように、犯行シーンは退廃的な美に満ち、往々にしてストーリーは破綻している。ジャーロではよく病的な精神状態がテーマとして用いられるが、ジャーロ自体がすでに殺人に対する異常な執着心の産物と言える。『マリグナント』の場合、解決されない謎は残るが、伏線は非常に上手く機能しているし、あまりに勢いが良いのでぶっ飛んだ描写はむしろ好意的に受け取れる。古典的なジャーロのアップデート版になっているのだ。また、ジャーロは音楽も特徴的で(プログレッシブ・ロック・バンド、ゴブリンの曲が特に有名)、本作の音楽を注意深く聴いていると、超有名な名作カルト映画のエンディング曲のカバーが使われていることに気づくだろう。そこですでに犯人の正体が匂わされているし、勘が良い人なら犯人に近づくことはそんなに難しくないだろう(ズバリ言い当てることはきっとできないが)。フーダニット要素は次に待ち受ける展開の引き立て役に過ぎない。恐ろしいことに、本作は犯人が判明した後の方が面白いのだ! 漆黒の闇は本作の“底”にも不気味に横たわっている。深さを知ろうと覗き込めば、どこまでも落ちていくだけだ。ジェームズ・ワンがアクション映画を撮ってきたのは、きっと本作のためだったのだ。よもやホラー映画で拝めるとは思わなかった後半の超絶バイオレンスアクションシーンこそ、後世に語り継がれる部分だろう。そのシーンをネタバレなしで形容するなら、『マトリックス』であり、『キングスマン』であり、『TENET テネット』だ。…本作の狂気に当てられて筆者がおかしくなったと思われるかもしれないが、本当にそうなのだ!

本作がジャーロであって単なるジャーロでないのは、主人公の描き方からも明らかだ。ジャーロで被害者になるのは美女。語弊を恐れずに言えば、ジャーロとは美女がいたぶられるのを見て楽しむための、実に不謹慎な映画たちである(ホラー映画にモラルを求めるのも変な話だが)。マディソンも中盤まではそういう目に遭い続けるが、後半は違う。暴力的な男たちに苦しめられる妻を描いた昨年の『透明人間』や、今年の『Swallow/スワロウ』などと共通するテーマを持っているのだ。ホラーマニアであれば、犯人の正体を知ってブライアン・デ・パルマ監督のアノ作品などを思い出すだろうが、ジェームズ・ワンは懐古趣味に終始せず、本作をきっちり現代的な映画として作り上げてみせた。残酷描写もさることながら、本当に恐ろしいのは狂気的な内容を驚異的なバランス感覚で極上のエンタメに昇華させたジェームズ・ワンの才能だと言う他ない。12月には本作同様ジャーロに影響を受けたエドガー・ライト監督の新作『ラストナイト・イン・ソーホー』が公開されるが、いくら才能溢れるエドガー・ライトであっても、本作の衝撃を超えられるかは正直疑問だ。ネタバレを食らう前に、マディソンの心がどこに向かうのかを確かめてほしい。実は「マリグナント(malignant)」という言葉には「有害、強い悪意があること」の他にもうひとつ意味があるのだが、辞書は引く前に劇場へ急ごう。

【ストーリー】
間近で恐ろしい殺人を目撃する悪夢体験に苛まれるマディソン。その連続殺人が現実世界でも起きていく。彼女の秘められた過去につながる“凶暴な悪夢”の正体=Gとは!?

【キャスト】
アナベル・ウォーリス、マディー・ハッソン、ジョージ・ヤング、マイコール・ブリアナ・ホワイト

【スタッフ】
監督:ジェームズ・ワン
脚本:アケラ・クーパー
原案:ジェームズ・ワン、イングリット・ビス&アケラ・クーパー
製作:ジェームズ・ワン、マイケル・クリアー
製作総指揮:エリック・マクレオド、ジャドソン・スコット、イングリット・ビス、ピーター・ルオ、チェン・ヤン、マンディ・ユウ、レイ・ハン

2021年/アメリカ映画/原題:MALIGNANT
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