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【今週公開の注目作】『ヒトラーの毒見役』 夫たちはその男の手足となった。妻たちはその男の胃袋となった。

◆今週公開の注目作

『ヒトラーの毒見役』
7月31日(金)より新宿武蔵野館、シネスイッチ銀座ほか全国順次公開

文:屋我平一朗(日々メタルで精神統一を図る映画ブロガー)

普段洋画をあまり見ない方は、アメリカやイギリスなどの英語圏以外の作品にあまり印象がないかもしれないが、例えばドイツ映画に関しては、毎年アドルフ・ヒトラーやナチス関係の作品が上映されている。そういった作品は大抵、邦題に「ヒトラー」と入っているので一目瞭然だ。しかし、その切り口は毎回違う。『ヒトラー ~最期の12日間~』のようにヒトラー本人を描いたドラマもあるし、『ヒトラーのための虐殺会議』はホロコーストの具体的な手順が決定された実際の「ヴァンゼー会議」を描いていた。

また今年には、ナチスで非人道的な実験を繰り返しながらも戦後逃亡を続け、遂に罪を裁かれることなくこの世を去った悪魔のような医師を題材にした『死の天使 ヨーゼフ・メンゲレ』も公開された。ナチス映画はあろうことかコメディの領域でも作られており、『帰ってきたヒトラー』は現代に蘇ったヒトラーがモノマネ芸人と思われ人気になった挙句、再び社会的な影響力を持ち始めるという、笑うに笑えない映画だった。これらの作品は、歴史的悲劇を風化させないようにし、そして現代でも過去と同じ道を辿らない保証はないと警鐘を鳴らしている。

毎年日本に入ってくるナチス映画を作っているのはドイツだけではない。本作『ヒトラーの毒見役』は、かつて日本とともにドイツと同盟を組んでいたイタリアとベルギー、スイス合作の作品だ。本作自体はフィクションの小説を原作にしているものの、原作は当事者の驚くべき証言に基づいている。2014年、マルゴット・ヴェルクというドイツ人女性が亡くなった。彼女は亡くなる直前、95歳の時にインタビューを受け、初めてある体験を世間に明かした。証言を裏付ける証拠は残っていないが、この記事を読んだ原作者のロセッラ・ポストリノは、すでに亡くなっていた彼女へのインタビューの代わりに、ポストリノ自身の本名と同じ名の女性を主人公としたフィクションを書くことにした。ヴェルクの証言とは、「自分は第二次世界大戦の末期、ヒトラーの食事に毒が入れられていないかを実際に食べて確かめる役目を背負わされた女性のひとりだった」というものだ。こう言っては何だが、彼女はユダヤ人ではないのにもかかわらず。

本作の主人公ローザは戦地の夫の帰りを待つ妻だが、戦火に包まれたベルリンから逃れてきた夫の実家で、軍からの召集を受ける。何と近くの森にはヒトラーのいる大本営「ヴォルフスシャンツェ」があり、そのヒトラーが安全に食事をするため、まず女性たちが毒見しなければならないというのだ。事実は小説より奇なり、毒見とは言え皮肉なことに、この食事はヒトラー用なので食糧難に喘ぐローザたちにとってはとんでもないご馳走だ。食の喜びと死の危険が隣り合わせという、あまりにもフィクショナルな設定の中に放り込まれた無力な存在。「ヴォルフスシャンツェ」とは、「狼の砦」を意味する。「アドルフ」は「高貴な狼」だ。グリム童話などに登場する狼は主人公を食おうとするが、現実には赤ずきんの方が狼の胃袋とならざるを得なかった。ヒトラー自身は一般的にもヴェルク自身からもベジタリアンだったと言われており、肉を食わないその狼は、しかし確かに国民たちを蝕んでいた。

不本意にもローザたちが背負わされたのは、被害者としての側面だけではない。彼女らの働きにより、ヒトラーは一日長く生き延びる。その間にも、夫たちが死んでいく。ご馳走の味も分からないまま、いつ終わるともしれないミッションに身を投じることを余儀なくされた女性たちは絆を深めていくが……。毒見役を拒否すれば銃殺、言いなりになっても毒で死ぬかもしれないし、軍部は頑なに認めないもののドイツが次第に敗戦濃厚となる中で、侵攻してきた敵兵に殺される恐れも強まっていく。直接的には画面に現れないヒトラーが全国民の一挙手一投足を支配しており、それはローザたちだけでなく、ひと欠片の良心が残った軍人たちも同じだった。虐殺の対象だったユダヤ人の一部は、同胞の死体を処理する「ゾンダーコマンド」として酷使させられた。平和であれば善人として生きたはずの多くの人間が大きな罪を背負わされた。だからこそ、ヴェルクがこの罪を“吐き出す”まで実に約70年の歳月を要したのだろう。本作を鑑賞した者は、この話を語り継いでいかなければならないのだ。その口で。

【ストーリー】
1943年、第二次世界大戦末期。ベルリンの爆撃を逃れ、義両親のいる田舎町で戦地にいる夫の帰りを待つローザ。その場所は“狼の巣”と呼ばれる、ヒトラーの総統大本営「ヴォルフスシャンツェ」がある森の近くだった。ある日、彼女はヒトラーの毒見役に命じられ、他の若い女性たちとともに、親衛隊から銃を突き付けられながら食事をすることに。ヒトラーが食す最高の料理を、死と隣合わせの最悪な状況で口にする苦悩の日々。そして1944年7月、総統大本営でヒトラー暗殺を狙うクーデター(7月20日事件)が勃発。戦局が混迷を極める中、彼女たちの運命は──。

【キャスト】
エリーザ・シュロット、マックス・リーメルト、アルマ・ハスーン、エマ・ファルク、オルガ・フォン・ルックヴァルト、テア・ラッシェ、ベリット・ヴァンダー、クリームヒルト・ハーマン 他

【スタッフ】
監督:シルヴィオ・ソルディーニ

©2025 Lumière & Co. / Tarantula / Tellfilm / Vision Distribution 

 

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