『ブロンド』（2022）光が強いほど影は濃くなる。ハリウッドのファム・ファタール、マリリン・モンロー役にアナ・デ・アルマスが挑む！

2022.10.01

この映画は、つまり―

アナ・デ・アルマスが“マリリン・モンロー”を見事に演じている！
伝記映画ではなく、フィクション
実際のマリリン・モンローについてもっと知りたくなる

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◆配信中の注目作

『ブロンド』（2022）

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文：屋我平一朗(日々メタルで精神統一を図る映画ブロガー)

これまた困った映画が現れた。まず、マリリン・モンローについての映画には先に、ミシェル・ウィリアムズがマリリンを演じた『マリリン 7日間の恋』(2011)がある。これは、マリリンとローレンス・オリビエの主演作『王子と踊子』の現場でアシスタントを務めていた青年とマリリンの恋を描いた、“実話を基にしたフィクション”である。実話と主張しているのは、その青年であった原作者だけだ。秘密の恋の真偽は、秘密だけに原作者と原作が書かれる40年も前に亡くなったマリリンしか知らない出来事なのだ。伝記映画というものは概ね事実に即して作られるが、事実を細部まで完璧に再現するのは不可能なため、多かれ少なかれ創作が入る。同作が基にしている事実は、「原作者とマリリンが同じ現場にいた」、それくらいのものかもしれない。

この『ブロンド』も同様、“実話を基にしたフィクション”だ。ジョイス・キャロル・オーツによる原作自体伝記でなくフィクションとして書かれており、本作でも事実をなぞっている部分はあるが、かなり扇情的に脚色されている。そのため、ここでは本作を「マリリンの人生を描いた映画」ではなく、「実在のマリリン・モンローと瓜二つながら似て非なる“マリリン・モンロー”を主人公にした映画」と捉えて話を進める。…いや、正確にはそのマリリンの映画ですらない。主演のアナ・デ・アルマスは「ノーマ・ジーン」役としてクレジットされている。ノーマ・ジーンはマリリンの本名だ。トレードマークの“ブロンド”も、彼女の地毛ではない。マリリン・モンローとは、現場の外でもノーマ・ジーンが常に演じていた役の名前なのだ。

父親が誰なのか分からないまま、精神的に不安定な母親に育てられたノーマは、愛と父性に飢えていた。彼女は、ハリウッドの男たちに搾取される形で仕事を得ていく。演技は観客から愛されるための手段だが、彼女にとって辛い過去から逃れ別人になるための、もっと言えば“別人格”になるための作業にも見える。同時に、その演技は自身の体験から引き出されたものなので、トラウマの再現にもなっている。マリリンはトップスターとなり、ダイヤモンドのように輝きを増していくが、ダイヤは叩けば砕けるし、燃やせば消えてなくなるものだ。本作は、我々がマリリンに抱く明るい光のイメージに反比例して暗く濃い影の面を描いた作品だ。

アナ・デ・アルマスは文字通り何も着飾らずに、自らの運命に囚われたファム・ファタール、ノーマを体当たりで演じている。フィクションであるのに、実際のマリリンと顔自体も似ていないはずなのに、時折本人にしか見えなくなる。本作の評価は、必要以上に陰鬱な描写から賛否両論だが、アナの演技は輝いている。まさに光と影だ。本作を見て実際のノーマ・ジーン/マリリン・モンローを理解することはできないが、彼女を好きになるには十分すぎる。劇中の男たちのように彼女を消費してしまわないよう、鑑賞後にはマリリンの出演作に触れたり、人生について調べてみたりすると良いだろう。