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『女王陛下のお気に入り』愛は政治と同じパワーゲーム。果たしてこのゲームに勝者はいるのか?

この映画は、つまり―
  • 近年、映画界を席巻するギリシャパワー
  • 歪んだレンズで映し出される3人の演技合戦
  • 本当の愛は得るでも、奪うでもなく…?

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◆配信中の注目作

『女王陛下のお気に入り』

Netflixで視聴する⇒こちら

文:屋我 平一朗(日々メタルで精神統一を図る映画ブロガー)

風土が国によって異なるように、ある程度映画の作風も国によって異なる。分かりやすいところで言うと、韓国映画はバイオレントながらもなぜか笑えてしまう甘辛テイストで、インド映画は登場人物がいきなり踊り歌うミュージカルスタイル。では、ギリシャはどうだろう? あまりイメージが湧かない方もいるだろうが、ここ15年ほどのギリシャには「ギリシャの奇妙な波(グリーク・ウィアード・ウェーブ)」と呼ばれる作品群がある。特徴を一言で言えば、“怪作”だ。典型的なのは突拍子もない設定の不条理劇で、このムーブメントはヨルゴス・ランティモス監督の『籠の中の乙女』から始まったと言われている。これら様子がおかしいギリシャ映画のいくつかは、劇場公開はされずともソフト・配信スルーの形で日本上陸しているので、探してみると面白い。

ギリシャ映画以外にも、ヘンな映画たちは最近世界的にも注目・評価されている。2017年には、言葉が喋れない中年女性と怪物とのラブストーリー『シェイプ・オブ・ウォーター』がベネチア国際映画祭で金獅子賞受賞。2021年には、頭にチタンのプレートを埋められた女性と車のラブストーリー『TITANE/チタン』がカンヌ国際映画祭でパルム・ドール受賞。2022年には、中国系移民の中年女性がマルチバースのパワーを用いて世界を救うSF『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』がアカデミー作品賞に輝いた。現在最も評価されているギリシャ人監督と言って良いランティモスの作品も例に漏れず、公開中の最新作『哀れなるものたち』もアカデミー賞に11部門ノミネートされている。

奇抜さを求めるなら『籠の中の乙女』『アルプス』『ロブスター』『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』の方が適しているが、このタイミングで初めてランティモス作品に触れようというのなら、『哀れなるものたち』とエマ・ストーン繋がりでもあり、彼のフィルモグラフィーで最も広く評価されてもいる前作『女王陛下のお気に入り』から入ると良いだろう。舞台は18世紀のイギリス王室であるが、政治的・歴史的な部分は全く知らない状態でも問題のない、ドロドロの愛憎劇となっている(実際に泥も何度か登場する)。

主要人物は3人の女性だ。まずは子どもを何人も流産し、夫まで亡くし、政治に無知で精神的に不安定な当時の女王、アン。次に、女王の親友で、女王の代わりに政治を取り仕切っている女傑、サラ(ウィンストン・チャーチルの先祖の妻)。そして、没落した貴族の娘で、女王に取り入ることで何とか返り咲こうとしている使用人のアビゲイル。魚眼レンズによって、この歪な三角関係がさらに歪んだ形で映し出される。

過度のストレスで暴飲暴食を繰り返すアン女王は、ひとりでは歩くことすらままならない、まさに“籠の中の乙女”だ。サラはそんな女王に対して厳しく、ずけずけと本音を言う。政治的には女王はただの操り人形で、裏で糸を引いているのはサラだ。演じるレイチェル・ワイズの麗人っぷりにたまらなく痺れるのだが、女王にとってその山椒のようにピリリと辛い言葉は時に耳障り。アビゲイルは、女王とサラの親友を超えた秘密の関係を知り、砂糖のごとき甘言と糸を引くような“テクニック”で女王の寂しい心の隙間に入り込む。初めは泥だらけで、不憫な娘に見えたアビゲイル役のストーンが、徐々に図書室の本とともに女王の心も盗む泥棒の強かさをあらわにしていく様子は圧巻だ(余談だが、『哀れなるものたち』に影響を与えた性愛小説『ファニー・ヒル』の主人公と、アビゲイルの名字が偶然一緒なのも面白い)。

一筋縄ではいかないのが、サラとアビゲイルに取り合いされる女王もまた、感情の波が激しい性格でふたりを振り回し、対立させるところだ(実際には、ワイズとストーンを差し置いて女王役のオリヴィア・コールマンのみがアカデミー賞に輝いた)。三者三様、癖の強い曲者だらけ。本作は政治の話ではないと言ったが、前言撤回する。相手を誘惑し思惑通りに誘導して主導権を握る愛という名のパワーゲーム。これが政治でなくて何なのか? 女王の本当のフェイバリット(寵臣)とは誰だったのか? たまたまその時に欲しい物を手に入れることが幸せとは限らないのだ。よく言うだろう、その漢字が示すように、“愛はまごころ”だと。

【ストーリー】
18世紀初頭のイギリス。病弱なアン女王に代わって、親友のレディ・サラが女王の健康を気遣いつつ国政を執っていた。そこに新しい使用人アビゲイルが現れる。サラはアビゲイルを自分の支配下に置くが、アビゲイルは再び貴族の地位に戻ろうと画策していた。女王の寵愛を奪い合う非道な争いに火ぶたが落とされる。

【キャスト】
オリヴィア・コールマン、エマ・ストーン、レイチェル・ワイズ、ニコラス・ホルト、ジョー・アルウィン、ジェームズ・スミス 他

【スタッフ】
監督:ヨルゴス・ランティモス

 

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