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『太陽がいっぱい』(1960) 影は太陽に恋い焦がれる。激しく照りつけられるほどに強く。

この映画は、つまり―
  • RIP、アラン・ドロン
  • スターに似つかわしくない、でもアラン・ドロンにしか演じられない主人公トム・リプリー
  • 様々な解釈が成り立つ“万華鏡”クライムサスペンス

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『太陽がいっぱい』(1960)

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文:屋我 平一朗(日々メタルで精神統一を図る映画ブロガー)

8月18日、フランスの名優アラン・ドロンが88歳で亡くなった。2017年には引退表明をしたこともあり、近年は映画で見かける機会もなくなっていたが、それでも世界的大スターがまたひとりこの世を去ったのは間違いない。まさに“巨星墜つ”といったところだ。良いタイミングなので、たまには昔の映画を紹介してみよう。1960年の彼の代表作『太陽がいっぱい』を。

原作者は、多くの著作がサスペンス・ミステリー映画化されているパトリシア・ハイスミス。映画化されたもので記憶に新しいのは、ベン・アフレックとアナ・デ・アルマス共演の『底知れぬ愛の闇』や、ケイト・ブランシェットとルーニー・マーラ共演の『キャロル』だろう。女性同士の恋愛を描いた『キャロル』の原作は、同性愛が許されなかった1952年のアメリカにおいて別名義で出版された。その後、著者はハイスミスで、彼女がレズビアンであると明らかになるわけだが、この同性愛というテーマは『太陽がいっぱい』にも通底していると言われている。気になる方はご自身で調べてみてほしいのだが、それが“正解”なのかはひとまず置いておいても、そのアイディアがあるのとないのとでは本作の見え方はあまりにも違う。タイトルや鮮烈な撮影とは裏腹に、本作の正体は陽炎のように揺らめいている。

主人公のトム・リプリーの人生は、全くドロンのように輝いていない。しかし、ドロンが演じていなければ成り立たなそうな人物像だ。貧しいアメリカ人であり、力づくではないにせよ他人から金や物を奪うのに抵抗がない。明らかにモラルが欠けているのに、ドロンの繊細な佇まいのおかげで、観客はトムへの嫌悪感を抱かずにすむのだ。まあ、トムの隣にいる男・フィリップのせいでもある。フィリップは富豪の放蕩息子で、トムはイタリアから帰ろうとしない彼を連れ帰るよう、フィリップの父から5000ドルで頼まれた。ところがこのフィリップはトムの言うことを聞かないだけでなく、見下しているのか友人面をしながらもいじめてくる。さらに、自分の婚約者のマルジュに対してもひどい態度をとり続けるほどのモラハラ男っぷり。逆に清々しいほどだ。

結果としてフィリップは、海上のヨットでトムに刺殺される。そうして死体は海に捨てられ、トムはフィリップの命を手始めに、サイン偽造などのスキルを用いて彼の全てを奪おうとするのだが……。本作は、単に「貧しい者による富める者への逆襲」を描いただけのクライムサスペンスには見えない。それはトムがフィリップの服や靴を着て、鏡に映る自分にキスをする有名なシーンのせいでもあるし、何より殺人事件を扱っているのに画面が明るい。印象的な場面にはイタリアの青い海、白い雲が映っている。フィリップの殺害も、海の真ん中なので誰もいないとは言え白昼堂々、文字の上では白日のもとに晒されながら行われる。

意味深なタイトルは様々な解釈ができるが、本作において太陽はトムに対して害しか与えない。妬き、憧れてもいたトムにとっての太陽・フィリップには犬のように扱われるし、本物の太陽は背徳的な日陰者の背中を真っ赤に灼く。トムはドロンのように、自ら輝く星ではない。太陽の光を受けて輝く月ですらない。強く照らされるとより濃さを増す影でしかない。フィリップにぴったり離れず付きまとい、そして念願叶って彼に成り代わる。すると、今度は自分が草葉の陰にいるはずのフィリップの影に追いかけられる。警察や知人からフィリップについて尋ねられ、疑いの目を向けられ続ける。やはりお天道様は見ているのか。影はどこまで行っても影でしかないのか。トムは、トムとして太陽のように生きることを許されないのだ。だからこそ、トムは殺人者でありながらも、捕まりそうになると我々の心を波立たせる。

一言で言い表せない、不思議な味わい。どこに光を当てるかで見え方が全く違ってくる作品だ。巨星墜つと言えど、その輝きは今後も我々の目に届き続けるだろう。何万光年の距離ならぬ、何十年、何百年の時を超えて。

【ストーリー】
貧しいアメリカ人青年、トムは定職もなくブラブラと毎日を過ごしていた。ある日彼は、幼友達の父親からナポリに絵の修行に行ったまま戻らない息子のフィリップを連れ戻すよう依頼される。ナポリにやって来たトムはフィリップを発見するが、彼は婚約者や大勢の友人に囲まれ、贅沢な生活を送っていた。自分の境遇とあまりに違うフィリップの生活を目の当たりにしたトムの心に生まれた嫉妬と羨望は、やがて殺意へと変わっていく…。

【キャスト】
アラン・ドロン、モーリス・ロネ、マリー・ラフォレ 他

【スタッフ】
監督:ルネ・クレマン
原作:パトリシア・ハイスミス

 

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