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『ランサム 非公式作戦』夢の足掛けのはずが命懸け。自分という人間を真に規定するのは国ではなく……。

◆今週公開の注目作

『ランサム 非公式作戦』

文:屋我平一朗(日々メタルで精神統一を図る映画ブロガー)

映画は面白い。表面的なストーリーはもちろん、目に入っても知識がなければ気づかないネタや、キャスティングの意図など、深堀りすればどんどん興味深い話が出てくる。そして時々、面白い事象は映画の外側でも起こる。例えば、同時期に公開される類似したテーマの映画同士のぶつかり合いだ。古い例だと、核戦争の恐怖を描いた1964年の『博士の異常な愛情』と『未知への飛行』があるし、1998年には隕石(または彗星)による人類滅亡を扱った『ディープインパクト』と『アルマゲドン』が衝突している。そうそう、2013年にはホワイトハウスが危機に見舞われる『エンド・オブ・ホワイトハウス』と『ホワイトハウス・ダウン』も。主な設定は似ていたとしても、作品のトーンが異なったり、テーマの描き方が対照的であったりと、それぞれに違った魅力があって味わい深い。

そして、それは韓国映画も例外ではなかったようだ。本作『ランサム 非公式作戦』は、実際に起きた韓国人拉致事件を取り上げた2023年の作品である。そして同年には、やはり実際の別の韓国人拉致事件を描いた『極限境界線 -救出までの18日間-』が公開されている(日本では昨年10月に公開)。前者の舞台は1980年代後半のレバノン、後者は2007年のアフガニスタンだ。『極限境界線』については未見なので詳しいことは言えないが、実は他にも同年公開で、『ランサム』と奇妙な繋がりのある作品がある。それは何と、先週ご紹介したばかりの『ボストン1947』だ。まあ、まずは『ランサム』の話から始めよう。

かなりエンタメ的に脚色していると思われるが、本作がベースにしているのは1986年、内戦下のレバノン・ベイルートにて起こった武装勢力による韓国人外交官ト・ジェスンの拉致事件だ。本作では、オ・ジェソクという名の外交官が拉致されるのが全ての始まりになる。それから1年8ヶ月後、野心を燻らせている外交官のイ・ミンジュンは、ジェソクがどうにか韓国にかけてきた電話をたまたま受け取り、ジェソクの生存を知る。しかし、国は公に動こうとしない。そこでミンジョンは非公式に、ジェソクの救出作戦が成功したら夢のアメリカ赴任という条件で身代金(ランサム)を持ち現地へ赴くが、そこは命がいくつあっても足りない場所で……。

事件が事件だけにシリアスな内容のように思われるだろうが、現地で不可抗力的にバディを組む羽目になるタクシー運転手のキム・パンスが登場してからは一気にコメディに変わる。パンスは危険なレバノンで長年暮らしているだけあり、自分だけでも生き残る術を心得ている。異郷の地での同胞同士なのに、ピンチになるとすぐにミンジョンが抱えている大金を盗んで逃げようとするのだ。だがパンス役のチュ・ジフンの演技により、どこか憎めない面白兄貴になっている。対して、ミンジョンを演じるハ・ジョンウはふてくされた顔が非常にキマっており、ジトッとした目でパンスを見つめる様子には爆笑必至だ。……そう、『ボストン1947』との共通点はまず、どちらもこのハ・ジョンウが主演ということである。

『ボストン1947』でハ・ジョンウは、朝鮮という母国を背負おうとした元オリンピック金メダルマラソン選手を演じていた。そして、『ランサム』の背景には、1988年のソウルオリンピックがある。ここも近しい部分だが、両作での「国」の扱われ方は天と地ほどの差がある。前者は、国を自分のアイデンティティの一部として価値あるものと描いていたのに、本作の韓国政府はジェソクやミンジョン、パンスなど命を懸ける自国民のために何もせず、目を背けてオリンピックに力を注いでいるのだ(『ボストン1947』のベルリンオリンピックはナチスのプロパガンダだったので、オリンピックの負の側面を描いているのは両作共通)。

国が頼りにならない時に試される個人の強い想いは心を打つ。本作はサスペンス、コメディ、アクションと来てとんでもない泣きのヒューマンドラマに変貌する、かなりのジェットコースター・ムービーだ。仮にも実話ネタをここまでのエンタメに仕立て上げる韓国映画の力量に改めて感服する。『極限境界線』や『ボストン1947』と併せて見てみると、さらに面白みが増すのではないだろうか。

【ストーリー】
レバノン内戦下のベイルートで韓国人外交官が忽然と姿を消した。やがてそれが忘れ去られた頃、現任の外交官ミンジュンは、消えた外交官が人質として生きていることを告げる暗号をキャッチする。彼を救うため、身代金を手にレバノンに向かったミンジュンだが、現地に降り立つや否や大金を狙った武装組織に襲われピンチに陥ったところを、タクシー運転手として働く韓国人のパンスに救われる。金のためなら何でもするパンスを、韓国政府からの見返りをチラつかせて同行させることにしたミンジュン。奇妙な協力関係で結ばれた二人は、時にぶつかり、互いを認め合いながら戦火が吹き荒れるベイルートの街を突き進んでいくのだが…。果たして二人は捕らわれた外交官を無事に救うことができるのか?

【キャスト】
ハ・ジョンウ、チュ・ジフン 他

【スタッフ】
監督:キム・ソンフン

 

 

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