『ドラキュラ/デメテル号最期の航海』洋上ではアナタの悲鳴は誰にも聞こえない・・・冥界に続く冥き船旅へようこそ。

2023.09.06

◆今週公開の注目作

『ドラキュラ/デメテル号最期の航海』

世の中には多くのドラキュラ映画があるが、最近のハリウッドでは特にブームだ。いや、かつてドラキュラを含めた怪奇映画を送り出していたユニバーサル・ピクチャーズの中でブーム、と言い換えた方が正確だろう。ドラキュラ伯爵は言わずと知れた、作家ブラム・ストーカーが生み出した地球上で最も有名なモンスターである。4月にはアメリカで、ニコラス・ケイジがドラキュラを演じた『レンフィールド』が公開されたばかり(残念ながら日本ではソフトスルーに決定)で、『ウィッチ』や『ライトハウス』で知られるロバート・エガース監督は現在『吸血鬼ノスフェラトゥ』のリメイク作品を作っている最中(なぜかどちらにも主要キャラクター役でニコラス・ホルトが出演している…)。ちなみに、『吸血鬼ノスフェラトゥ』はやはりストーカーの原作からキャラクター名を変えて映画化したものなので、やはりドラキュラ映画だ。

そして本作、『ドラキュラ/デメテル号最期の航海』もまたユニバーサル配給。予告編では「ノックは“異常なし”の合図」と言われているが、よく知られているドラキュラの基本設定に「陽の光、十字架、にんにくを嫌う」「鏡に映らない」の他に「招かれなければ他人の家に入れない」というものがある。ドラキュラ伯爵が紳士的にノックしてこようとも、拒否すれば良いのだ。ただし本作のドラキュラは、伯爵と呼ぶにはいささかワイルドすぎる。

ルーマニアのトランシルバニア(ドラキュラの故郷)からイギリスのロンドンに向かう船、デメテル号。ドラゴン印の謎の貨物を積んだ船で、何者かが夜な夜な家畜や乗組員を襲い始める…これが簡単なあらすじだ。ドラキュラ(Dracula)とは、ルーマニア語で「ドラゴンの子」を指している。つまりノックどころか、ドラキュラは貨物としてすでに内部に潜んでいたのだ！　監督のアンドレ・ウーヴレダルがインタビューで答えているように、本作は巨匠リドリー・スコットの名作SFホラー『エイリアン』の影響を強く受けている。宇宙“船”と同じく、こちらもまた船の中。非常に開けた場所にいながら、どこにも逃げられはしない。

ドラキュラは、若き美女の血を好むもの。物語の鍵を握るのは、男女差別・人種差別に対する復讐と和解を描いた『ナイチンゲール』で主演を務めたアシュリン・フランチオージ演ずるアンナだ。現代の基準に照らし合わせると、ドラキュラは完全にセクハラ野郎。白日の下に晒し、業火で焼き払うことは叶うのか。それとも、メアリー・セレスト号よろしく…(豊穣の神デメテルの子ペルセポネーは冥界に連れ去られてしまった人物だ)？　どちらにせよ、他人(キャラクター)の不幸に拍手喝采を送る吸血鬼のような我々ホラーファンの目を釘付けに…いや、心臓を杭打ちにする作品であるのは間違いない。