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『ラストナイト・イン・ソーホー』“夢”の“シンクロ”。今年を締めくくるにふさわしい、悪夢の正夢はいかが?

◆今週公開の注目作
『ラストナイト・イン・ソーホー』

文:屋我平一朗(日々メタルで精神統一を図る映画ブロガー)

映画には面白い偶然が付き物だ。シンクロニシティと呼ぶべきか、ほとんど同時に似たような映画が作られることがある。1964年には、核戦争の恐怖をコミカルに描いた『博士の異常な愛情』と、シリアスに描いた『未知への飛行』が公開された。1998年には、小惑星/彗星による地球滅亡の危機をテーマにした『アルマゲドン』と、『ディープ・インパクト』が。2011年には、フランスから古き良きハリウッド映画へのラブレターである『アーティスト』と、アメリカからフランス映画へのラブレターである『ヒューゴの不思議な発明』が。2019年には、貧富の格差をテーマにした『パラサイト 半地下の家族』、『アス』、『家族を思うとき』(2018年には『万引き家族』)が。そして、2021年には、『マリグナント 凶暴な悪夢』と本作『ラストナイト・イン・ソーホー』が。

この2作は、ジャーロ映画(詳しくは『マリグナント』の記事を参照されたし)であるという点で共通している。どちらも強烈な色味が印象的で、主人公が夢の中で刃物による殺人を目撃する。ホラー映画と形容して差し支えないが、その実、様々なジャンルが混ざり合っている。青春もの、タイムスリップもの、サイコホラー、ミュージカル…、ミュージカル? 監督のエドガー・ライトは前作『ベイビー・ドライバー』を、挿入歌に合わせて役者の代わりに車を踊らせるカーアクション・ミュージカル映画に仕上げた。全ての音が音ハメ(予告編でよく使われる、ヒットソングに合わせて映像と音を流す演出)されており、非常にノリノリの作品だった。本作もある意味ミュージカルだ。

ミュージカルには、大きく分けて2つのタイプがある。ひとつは、曲に合わせて役者が歌い踊るもの。もうひとつは、シーンの意味を代弁する挿入歌が全編にわたって流され続けるもの。本作はどちらの要素も含んでいる。主人公のエロイーズは、若いにも関わらず60年代のカルチャーに魅了されており、冒頭、レコードをかけながら踊る彼女はまるでオードリー・ヘップバーンだ。ファッションデザイナーになるため、田舎から憧れのロンドンへ移り住み、夢の中では1960年代のロンドンにタイムスリップ。まさに“夢”を叶えた彼女だが、夢の中では歌手のサンディとシンクロしており、ペトゥラ・クラークのヒットソング『恋のダウンタウン』を歌う(サンディを演じるアニャ・テイラー=ジョイが実際に歌っている)。「孤独で人生が寂しいときは、いつだってダウンタウンに行けば良いのよ」と。しかし…。

今時の若者でないエロイーズは、現在のロンドンに馴染むことができない。上京したは良いものの…という展開は青春映画のお約束。彼女は、夢と現実のギャップに苦しんでいく。それだけならよくある話だけれど、その舞台が特殊だ。表向きは華やかなロンドンだが、その中心にはタイトルにもある歓楽街ソーホーが鎮座する。かつて犯罪の温床だった地区だ。1960年代のソーホーに立ち寄ったエロイーズは、そこが男たちによって夢見る少女たちが食い潰される悪夢の場所であることを知ってしまう。そして、サンディの夢を見るごとにどこまでが夢なのか分からなくなり…夢と現実のギャップに苦しんでいたエロイーズだが、本当に夢と現実のギャップがなくなってさらに苦しむ羽目になるのだ。

ソーホーの男性優位のシステムは、ある種、社会の縮図であるとも言える。旧約聖書では、イブはアダムの肋骨から作られたことになっている。また、欧米では女性の名前も男性名が元になっている場合が多い。エロイーズを演じたトーマシン・マッケンジー(ネット上で「トーマサイン・マッケンジー」との表記をよく見かけるが、「トーマシン」が正しい!)の「トーマシン(Thomasin)」はもちろん「トーマス(Thomas)」の変化形である。しかし、自身も60年代好きのエドガー・ライトは、エロイーズだけでなく、その時代を生きた全ての“サンディたち”に共感を込め本作を作り上げた。ジャーロ映画では本来、美女がただ“美しく”殺されるだけだが、本作も『マリグナント』と同様に、ジャーロでありながらそれを現代の価値観でアップデートしたアンチ・ジャーロになっている。

これまで残酷描写をふんだんに入れつつも、基本的には爆笑できるコメディを撮ってきたエドガー・ライトだが、本作は“笑えない”ホラーとなっている。トーマシンとアニャは今最も注目されている若手女優であり、まさに“夢”の共演だ。「ドリーム(Dream)」という単語には元々、「夢」意外に「楽しみ、音楽」の意味もあったと言われている。本作にはその全てがある。今年のベスト1を『ラストナイト・イン・ソーホー』か『マリグナント』のどちらかにするかで迷う方も多いだろう。どちらの場合でも、悪夢を描いた、夢のように楽しい映画を選ぶことになる。今年のはじめの時点ではこんな事態になるとは予想もしていなかったが、これが現実なのだ。ああ、夢のようだ。

【ストーリー】
ファッションデザイナーを夢見るエロイーズ(トーマシン・マッケンジー)は、ロンドンのソーホーにあるデザイン専門学校に入学する。しかし同級生たちとの寮生活に馴染めず、街の片隅で一人暮らしを始めることに。新居のアパートで眠りにつくと、夢の中で 60 年代のソーホーにいた。そこで歌手を夢見る魅惑的なサンディ(アニャ・テイラー=ジョイ)に出会うと、身体も感覚も彼女とシンクロしていく。夢の中の体験が現実にも影響を与え、充実した毎日を送れるようになったエロイーズは、タイムリープを繰り返すようになる。だがある日、夢の中でサンディが殺されるところを目撃してしまう。さらに現実では謎の亡霊が現れ、徐々に精神を蝕まれるエロイーズ。果たして、殺人鬼は一体誰なのか、そして亡霊の目的とは-!?

【キャスト】
アニャ・テイラー=ジョイ、トーマシン・マッケンジー、マット・スミス、テレンス・スタンプ、マイケル・アジャオ ほか

【スタッフ】
監督:エドガー・ライト
脚本:エドガー・ライト、クリスティ・ウィルソン=ケアンズ
製作:ティム・ヴィーヴァン、ニラ・パーク
2021年/イギリス/カラー/デジタル/英語/原題:LAST NIGHT IN SOHO/R-15
配給:パルコ ユニバーサル映画
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公式サイト:LNIS.JP
Twitter:@LNIS_JP #ラストナイトインソーホー

12月10日(金)TOHO シネマズ日比谷、渋谷シネクイントほか全国公開

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