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【今週公開の注目作】『名無し』 光を反射せず、呑み込むことで浮かび上がるモノがある。

◆今週公開の注目作

『名無し』
5月22日(金)全国公開

文:屋我平一朗(日々メタルで精神統一を図る映画ブロガー)

一般的に、人には3つ大きな欲求があると言われる。ご存じ食欲、睡眠欲、性欲を指すが、さらに何か1つを足して“四大欲求”を定義するとしたら、あなたは何を足すだろうか。筆者は、「命名欲」を挙げたい。人間は名付け、名付けられたい生き物だ。名付けることでその対象をそれ以外から分離させ、理解しようとする。そうして、対象について自由に思考できるようにするのだ。名前が不明の人間に対しても、勝手に「名無しの権兵衛」とか「ジョン・ドウ」と仮の名を付けてまで。また「名は体を表す」というが、人間の場合はまだ何者でもない頃に名付けられるためもちろんその限りではなく、ひとまずその名は本人よりも親など周りの人間の人となりをある程度示すサインとなる。「名は体を表す」例としてはまさに筆者の名がそうだ。家系的に長男に「平」の字が付けられる決まりがあるので、「朗」が一般的な「郎」と異なるところにわずかなオリジナリティがあると言えなくもないが、「屋我 平一朗」は「屋我家の長男」という意味でしかない。

親の願いがストレートに込められた名前、親の好きな響きで選ばれた名前、筆者のようにその子の生まれながらの立ち位置で決められた名前など様々あるが、とにかく人間は生まれて最初に、生まれるよりも先にこのプレゼントをもらう。名付けには、その対象を社会の中に確かに存在させる効果もあると言える。世界中探しても、名前を持たない人間は基本的にいないだろう。ひとりで生まれて死んでいく人間がいたなら別だが、その名無しの人間は生死に直接関係する食事と睡眠の次に名前を渇望するのではないだろうか。「無名」という熟語は、用いられている字に反して「名前を持っていないこと」自体を意味しない。実際は名前があるのを前提に、「名前が書かれていない」「名前が分からない」「有名でない」ことをいうのだ。本作『名無し』は、読んで字のごとく無名の男による奇妙な大量殺人を描いている。名前の代わりに、その凶行によって社会に存在しようとするかのような。

冒頭、いきなり男がファミレスで何人もの客を刺殺する。ところが、凶器を握っているはずの彼の右手にはどう見ても何もない。当然防犯カメラを見た警察も、カメラが撮った映画の映像を見ている我々観客も困惑するばかりだ。それでもどうにか映画は男の正体に迫っていこうとするのだが、はっきり言ってその男の正体は全くの謎だ。これはミステリー的な意味合いで、最終的に明かされる運命にある謎だと言っているのではない。公式の宣伝も半ばそうミスリードしているし、ジャンルとしては確かにノワールと呼んでも良いのだが、男は何かしらのトリックを使っているわけではないのだ。完全に科学では説明のつかないファンタジー的な要素であり、つまりは寓話的な作品だ。右手の謎の答えは、本作の中にはない。

この男、通称“山田太郎”を佐藤二朗が演じている事実は非常に必然的だ。まず、実はこの『名無し』の原作者は映画監督としても活躍している佐藤本人である。元々佐藤が主演する映画の脚本として書かれた原作は、映画化するには様々な意味でリスキーだったため漫画化された。それが奇跡的に本望であった映画として生まれ変わったからだというのが一点(ちなみに、漫画版では幼い頃の山田を保護するキーキャラクターの巡査の方が佐藤に激似)。そして、「山田太郎」のもじりと言われても仕方がないほど、俳優活動において実の母親が改名を勧めるほどにありふれた佐藤二朗という名前(「朗」に奇妙なシンパシーを覚える)。漫画版と違い、山田は(おそらく何かしらの障害により)ほとんど喋らないキャラクターに変更されている。そのため、本作の佐藤はパブリックイメージであるエキセントリックでコミカルな演技を封印し、思考の読めないその表情に、それでも隠しきれないほどの狂気と絶望を滲ませている。

個人的には、稲葉浩志の楽曲『透明人間』や、藤本タツキの大人気漫画『チェンソーマン』に通ずる部分があるのではと感じている。山田太郎は、言うなればブラックホールだ。普通のモノは、光を反射するために誰かの目に映る。しかし、光を呑み込むブラックホールは、直接は誰の目にも映らない。近くの恒星を重力で引き寄せる過程で、剥ぎ取られた恒星のガスが渦を巻き、血か叫びのごとくに強い電波を発する。それがブラックホールの存在を間接的に証明するのだ。山田の漆黒の瞳の奥にあるモノ。それに触れたなら、決してもう戻れない。あなたの心に渦巻いた名状しがたいその感情に、ぜひ名前を付けてみてほしい。

【ストーリー】
ある日、白昼堂々何の変哲もないファミレスで無差別大量殺人事件が発生する。ところが、警察が店内の防犯カメラを調べたところ、非常に不可解な謎が浮かび上がる。凶行に走った容疑者の男の右手には何も握られていないのに、被害者は全員鋭い刃物による刺し傷や切り傷により死亡していたのだ。事件のあまりの奇妙さに匙を投げる刑事も出てくる中、次々に殺人事件が発生していき……。

【キャスト】
佐藤二朗、丸山隆平、MEGUMI、佐々木蔵之介、夙川アトム、望月歩、久保勝史、東宮綾音、大高洋夫、しおつかこうへい、久松信美、今藤洋子 他

【スタッフ】
監督:城定秀夫
脚本:佐藤二朗、城定秀夫

 

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