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『オフィサー・アンド・スパイ』 数奇な運命に翻弄されてきた巨匠による“告発”。その行方やいかに…。

◆今週公開の注目作

『オフィサー・アンド・スパイ』

文:屋我 平一朗(日々メタルで精神統一を図る映画ブロガー)

多くの方は、欧米の映画監督の名をいくつか挙げることができるだろう。例えば、アメリカならばスティーブン・スピルバーグ、イギリスならばチャールズ・チャップリン…など。では、東欧のポーランドなら? …ヒントを出せばピンと来る方もいるかもしれない。ユダヤ人の彼は母親をアウシュビッツで亡くし、自身もホロコーストを生き延びた。その後さらに、妻で女優のシャロン・テートをカルト集団マンソン・ファミリーのメンバーに殺害されるという悲劇に見舞われるも、ユダヤ人ピアニストの伝記映画『戦場のピアニスト』他数々の名作も残している。そう、ロマン・ポランスキーである(正確にはフランスとの二重国籍で、ちなみに、この3人の監督は皆ユダヤ人だ)。

ポランスキーが今回手がけた『オフィサー・アンド・スパイ』も、ユダヤ人が大きな要素になっている。ユダヤ人に対する差別は決してナチスだけが行ってきたわけではなく、ナチスの時代に始まったものでもない。2000年以上の長きにわたって世界中で続いてきた問題だ。本作が描くドレフュス事件は、ナチスが設立される約25年前、1894年にフランスで起きた事件である。直前の普仏戦争で負けたドイツに対する反感が強い中、フランス軍は自国の機密情報が書かれたドイツ宛の手紙を見つけた。そこで裏切り者、スパイとして疑われたのがアルフレッド・ドレフュス大尉だった。

「筆跡が似ている」という理由でドレフュスは逮捕、終身刑を宣告され、フランス(領)のアルカトラズ島とも言えそうな脱獄困難のディアブル(悪魔)島に流刑となる(アルカトラズ島もまた悪魔島の異名を持つ)。しかし実際は、確たる証拠もないのに、彼がユダヤ人であり、普仏戦争で奪われドイツ領となったアルザス地方出身のため、「ドイツ側についているのでは」とのあらぬ疑いをかけられたことによる冤罪事件だったのだ。ドレフュスと同郷で、師でもある士官(オフィサー)のジョルジュ・ピカール中佐は真犯人の正体に気づき、腐敗した軍上層部に立ち向かうが…。

ピカールを演じるのは、今時珍しいサイレント映画『アーティスト』の主役を務め、カンヌ国際映画祭をはじめ数々の賞に輝いたジャン・デュジャルダン。ほとんど喋らない役から“声を上げる”役への変化もそうだが、ピカールがスキャンダルを暴く立場でありながら自身も人妻と不倫しているというスキャンダルを抱えた一筋縄ではいかないキャラクター造形も面白い。また、本作の原題『J’accuse(私は弾劾する)』は、文豪エミール・ゾラがドレフュス擁護のために書き上げた公開状のタイトルと同じだが、ポランスキーは過去、未成年への性的虐待で弾劾された側の人物でもある。ピカールの愛人を演じているのはポランスキーの実際の妻エマニュエル・セニエで、ピカールに自分を重ねているようにしか思えない。

しかし、善悪の判断は複雑なもの。正しい人間だけが正しいことを言うとは限らない。『独裁者』でサイレント映画からトーキー映画に移行して“声を上げた”チャップリンも未成年と複数回結婚しているし…いつでも真実は葬り去られる可能性がある。フランス人作家アルフォンス・ドーデの美談のような短編『最後の授業』は、普仏戦争後にドイツ領へ変わろうとしているアルザスでの、フランス語の美しさを讃える先生と生徒の最後の交流を描いたものだが、実際はアルザスは元々フランスの土地ではないし、現地人の母国語はフランス語ではないので、今ではこれはプロパガンダ的側面が強い作品だと知られている。また、この世にはホロコースト否定論者なる存在もいて、忘れてはいけないことをなかったことのように扱おうとしている。ドレフュス事件を歴史の闇から引き上げる本作は間違いなく一見の価値があると言えるだろう。精算されていないポランスキーの過去もいつか明らかになることを願いつつ…。

【ストーリー】
1894年、フランス。ユダヤ人の陸軍大尉ドレフュスが、ドイツに軍事機密を流したスパイ容疑で終身刑を宣告される。ところが対敵情報活動を率いるピカール中佐は、ドレフュスの無実を示す衝撃的な証拠を発見。彼の無実を晴らすため、スキャンダルを恐れ、証拠の捏造や、文書の改竄などあらゆる手で隠蔽をもくろむ国家権力に抗いながら、真実と正義を追い求める姿を描く。

【キャスト】
ジャン・デュジャルダン、ルイ・ガレル、エマニュエル・セニエ

【スタッフ】
監督・脚本:ロマン・ポランスキー
原作・脚本:ロバート・ハリス

公式サイト:https://longride.jp/officer-spy/

 

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