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【今週公開の注目作】『決断するとき』 目をつぶっても、聞こえてくる悲鳴がある。耳をふさいでも、その手は黒く汚れている。

◆今週公開の注目作

『決断するとき』
3.20(金)より TOHO シネマズ シャンテほか全国順次公開

文:屋我平一朗(日々メタルで精神統一を図る映画ブロガー)

おそらく、本作『決断するとき』は今年の公開作の中でもっともミニマルな映画のひとつになるだろう。ストーリーの展開についてもそうだし、映像から“表面的に”伝わってくる情報量についても。それは、ベストセラーとなった「ほんのささやかなこと」という原作本のタイトルからも察せられるところだ。つまり、前提知識が求められたり、少なくとも何が描かれているのかを能動的に読み取ったりしていかなければならないタイプの映画である。偶然ながら、筆者は本作のテーマと非常に関係が深い別作品を鑑賞しているので、その話を交えながら紹介していこう。

本作の舞台は1985年のアイルランド、キリアン・マーフィー演じる主人公のビルは石炭を売って暮らしている。妻とたくさんの娘たちを養っている彼は、口数は少ないが善良な人間だ。ある日、石炭を届けに来た修道院にて、中で働く少女から必死に助けを求められる。何の力もない彼は何もできずにいるが、それから彼の日常は揺らぎ始める……というのがあらすじだが、映画全体を通しても描かれているのは本当にこれだけ、のように見える。物語の核心ははっきりとは見えてこず、どこかはぐらかされているような感じさえする。実はここには、アイルランドの歴史的な闇が横たわっているのだ。その知識を補助線として引く必要があるだろう。

この修道院は、マグダレン洗濯所と呼ばれる場所のひとつだ。18世紀から20世紀までアイルランドを含めた複数の国に存在し、娼婦や未婚の母など性的に乱れた(とされた)女性たち、「堕落した女(fallen woman)」を収容し矯正のため洗濯業務に従事させる施設だった。……そのはずが実情は大きく異なり、性暴力の被害に遭った女性や知的障害がある女性、家庭で手が付けられないとされた少女までもを閉じ込める“強制収容所”だったのだ。劣悪な環境での労働、(時に性的な)虐待は当たり前、また洗濯所で出産した女性の子は勝手に養子に出されることもあった。このあたりの内容は、筆者が昔鑑賞してショックを受けた『マグダレンの祈り』というノンフィクション映画で詳しく描かれている。驚くべき実話の映画化であるジュディ・デンチ主演の『あなたを抱きしめる日まで』などでも同じテーマが扱われているが、残念ながらどちらも現在配信はされていないようだ。ぜひDVD宅配レンタルで取り寄せてみてほしい。

ショッキングな描写のオンパレードな『マグダレンの祈り』と違い、本作のビルや我々観客は何も直接的な場面は見られない。しかし、ビルが不穏な気配を感じ無断で足を踏み入れた洗濯所のどこかから、微かに悲鳴のような声が聞こえてくる。まるでホラーだ。しかし、恐ろしい事実に気づき葛藤するビルの善良さを、町の皆が、妻までもがたしなめる。苦しんでいる少女たちと同じ女性ですらも。もしかしたら、同じ女性だからこそ。修道院は権威であり、住人の生活にも深く関係しているため、一度睨まれればこれまでの日常はあっけなく終わりを告げる。娘を多く抱えるビルなどは、特に。狂った世界では、本来の正常さを保っている方が狂っているように見えるのだ。ちなみに、ビルの妻を演じるアイリーン・ウォルシュに見覚えがあると思ったら、『マグダレンの祈り』で知的障害のシングルマザーのクリスピーナを演じた本人だった!

いつもミステリアスなキリアン・マーフィーが心の中で揺れ動く様を追う作品なので、逆に何でもないシーンが印象に残る。ビルは毎日帰宅してすぐ、石炭によって黒くなった手をブラシでゴシゴシと洗い始める。罪に“汚れた”手を必死に清めているかのようだ。本作はクリスマス映画でもあり、ビルが読もうとしているのはチャールズ・ディケンズ。クリスマスの精神を描いた「クリスマス・キャロル」で知られるディケンズは、マグダレン洗濯所を批判し真っ当に女性たちを更生させるための施設設立にも心血を注いだ。ほんのささやかなビルの決断は、果たして何かを変えうるのか。史実では、アイルランドで最後のマグダレン洗濯所が1996年に閉鎖されたが、それまでに収容された女性、洗濯所を出ることなく亡くなった女性たちの数はフィクションかと思ってしまうほどに多い。アイルランド出身のマーフィーが、『オッペンハイマー』で共演したマット・デイモンとベン・アフレックに話を持ちかけ完成したのが本作だ。『マグダレンの祈り』で、シスターに抗い続ける少女役のノラ=ジェーン・ヌーンが見せたあの力強い瞳が、マーフィーのものと重なって忘れがたい。 

【ストーリー】
舞台は1985年、アイルランドの小さな町。炭鉱商人として生計を立て、家族と慎ましく暮らすビル・ファーロングは、クリスマスが近づくある日、石炭を届けに訪れた地元の修道院で、目を背けたくなる現実を目撃する。そこに身を置く少女から「ここから出してほしい」と懇願され、若い女性たちが行き場もなく苦しんでいる現実と向き合うことに。見て見ぬふりをすることが賢明だと理解しながらも、良心の呵責に悩むビル。そんな彼が、ついに下す決断とは――。

【キャスト】
キリアン・マーフィー、アイリーン・ウォルシュ、ミシェル・フェアリー、クレア・ダン、ヘレン・ビーハン、エミリー・ワトソン、 他

【スタッフ】
監督:ティム・ミーランツ
製作:ベン・アフレック、マット・デイモン、キリアン・マーフィー、アラン・モロニー

 

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