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【今週公開の注目作】『マルドロール/腐敗』腐ったのは卵が先か、鶏が先か。これは未だ粘りつく、ベルギーの闇。

◆今週公開の注目作

マルドロール/腐敗』
1128(金)より新宿武蔵野館ほか全国順次公開

文:屋我平一朗(日々メタルで精神統一を図る映画ブロガー)

チョコレート好きの筆者にとってベルギーはゴディバの国だが、ホラー・スリラー映画好きの目で見た場合はまた違った“黒”になる。ベルギー人監督として日本でもよく知られているのはまずジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ兄弟、ジャコ・ヴァン・ドルマル(ジャレッド・レト主演のSF『ミスター・ノーバディ』は傑作だ!)あたりだろうが、ホラー・スリラー好きにはファブリス・ドゥ・ヴェルツの名も聞き馴染みがあるかもしれない。特に有名なのは『変態村』『地獄愛』『依存魔』といったパンチの効きすぎた邦題ばかりの“ベルギーの闇三部作”。ベルギー東南部に位置するアルデンヌ地方を舞台にしたクレイジーな物語たちだ(海外ではアルデンヌ三部作と呼ばれている)。ドゥ・ヴェルツは、殺人カップルが主人公の『地獄愛』のように実話を基にした作品も撮っているが、同作がアメリカの話をモデルにしていたのに対し、本作『マルドロール/腐敗』は実際に1995年にベルギーで起こったマルク・デュトルー事件から着想を得ている。

この事件は、小児性愛者のデュトルーによる少女拉致監禁・殺人事件だ。これがひとりの異常者による特殊なものだと言えないのは、意図してか結果的にか、当時の警察がデュトルーに利するように動いていたからだ。別の事件では判決よりもかなり短い期間で釈放されているし、デュトルー事件でも不自然な捜査の遅れ・不手際がいくつも指摘されている。しかし、今でも真実は闇の中だ。当時のベルギーの警察は憲兵隊・司法警察・自治体警察に分かれており、連携すべきそれらは対立してしまっていた。本作が描くのは、架空の憲兵ポール・シャルティエが踏み入れた、本物のベルギーの暗部である。

冒頭、悪に対して過剰なまでの正義感で対抗するポールの周りで、少女の拉致事件が起き始める。憲兵隊に寄せられる不審車両の目撃情報にも真面目に取り合おうとしない他の憲兵と違い、暴走しがちながらも熱心さを評価されたポールは、容疑者をマークする「マルドロール作戦」のメンバーに選ばれる。ところが、初動の時点でかなり後手に回っていた事件の捜査は様々な障害にぶつかりストップしてしまう。走るべきレールを失ったポールの正義感は徐々に常軌を逸し、異常なまでの執着に変貌していく……。

まさにポスターの通り、ポールは文字通り“血眼”になって犯人を追いかける。結婚したばかりで子どもが生まれても、今も監禁されているはずの少女や、憎むべき犯人のことしか頭にない。はっきり言って狂人だ。演じているアントニー・バジョンは非常に童顔だが、だからこそその異常なまでの正義感に説得力が増している。ともに作戦に参加する肩の力が抜けたカタノ(演じるアレクシス・マネンティは少しピーター・サースガード似)、ポールを作戦に抜擢した眼帯の上司ヒンケル(演じるローラン・リュカはドゥ・ヴェルツ作品の常連)といった個性的なキャラクターたちにもポールは止められない。言っていなかったが、本作は何と155分もある。捜査状況を表すように遅々として進まなかった前半と一転、物語の後半はむしろポールの暴走によって引っ張られる展開になっていく。

ドゥ・ヴェルツはクエンティン・タランティーノ監督の『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』の影響について言及しているが、筆者が思い出したのはデヴィッド・フィンチャー監督の『ゾディアック』だ。凶悪事件は、被害者だけでなくそれを捜査・調査する者の人生まで狂わせ破壊する。だが、最初に狂ったのは別の誰かだったはずだ。犯人か、いや、それとも警察だったのか? 腐ったリンゴが周りのリンゴを腐敗させるように、怪物に立ち向かえば自らも怪物とならざるを得ないのか? 史実的には、この事件の後は約30万人の民衆が怒りの声を上げ、希望を示す白い物を身に着けての大規模デモ“白の行進”を行ったことでベルギーの司法制度は改正、警察組織も再編された。これは社会が成熟した結果と捉えて良いのか? そうであれば、熟した果てには腐敗が待っているのが世の理なのではないか? ポールにとって、“白羽の矢が立った”のは果たしてどちらの意味だったのか? 少しばかり闇が晴らされようと、霧は晴れない。おそらく、いつまでも。

 

【ストーリー】
1995年、ベルギー。少女2名の失踪事件が発生。若手憲兵隊ポールは、危険な小児性愛者を監視する秘密部隊「マルドロール」に配属される。しかし作戦は失敗し、腐敗した警察組織の闇に直面したポールは、事件解決のため我を失い暴走していく。

【キャスト】
アントニー・バジョン、アルバ・ガイア・クラゲード・ベルージ、アレクシス・マネンティ、ローラン・リュカ、ベアトリス・ダル 他

【スタッフ】
監督:ファブリス・ドゥ・ヴェルツ

脚本:ファブリス・ドゥ・ヴェルツ、ロマン・プロタ
撮影:マニュエル・ダコッセ
音楽:ヴァンサン・カエイ
編集:ニコ・ルーネン

2024年|ベルギー・フランス|原題:Maldoror|フランス語|155分|1.78:1 |カラー|G
©FRAKAS PRODUCTIONS – THE JOKERS FILMS – ONE EYED – RTBF – FRANCE 2 – 2024
エクストリーム提供 アンプラグド配給
公式サイト:https://unpfilm.com/maldoror/

 

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