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【今週公開の注目作】『アダムズ・アップル』神の前には、ネオナチも我々も等しくちっぽけな人間。食べると笑って泣ける毒リンゴ。

◆今週公開の注目作

「<北欧の至宝>マッツ・ミケルセン生誕60周年祭」
11月14日(金)新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷 ほか全国公開

文:屋我平一朗(日々メタルで精神統一を図る映画ブロガー)

『アダムズ・アップル』(2005)
試練と不条理の果てに予期せぬ“奇跡”が舞い降りる予測不能なダークヒューマンドラマ

筆者が映画、とりわけ洋画ばかり見始めてから好きになったジャンルがふたつある。まずはホラー。そしてブラックコメディだ。ホラーに関してはジャパニーズホラーがあるので違うかも知れないが、ブラックコメディに関しては日本人の多くが苦手に思うのではないかと感じている。ブラックコメディとは要するに、不謹慎さを笑うジャンルだ。タブーを描くホラーですら、不謹慎な行いをした者が目も当てられない状況に陥るというある種の勧善懲悪的なストーリーになっている場合が少なくないのに、ブラックコメディはそれを怖がるのではなく笑い飛ばしてしまうのだから、ジャンルそのものがタブーにも思える。しかし一度その禁忌を犯してしまえば、自分の感性とは合わないだろうからと手を出さなかった様々な映画を楽しんでしまえるようになる。例えるなら嫌いな、もしくは食わず嫌いしていた味を好きになるようなものだ。苦味や辛味の良さが分かれば食べられる料理の数は格段に増える。少なくとも、味覚についてならば一般的にはそれを成長と呼ぶだろう。

だがブラックコメディというジャンルは、時に大人の階段を一歩上った我々映画ファンを嘲笑う。ブラックコメディに慣れたファンは、常識的にはギャグと思えないボケを察知する超能力を会得しているのだが、世の中にはそれをもってしても笑いどころが分からない、ブラックペッパーを缶丸ごとぶちまけたような上級者向けのブラックコメディ映画が存在するのだ。今回紹介するデンマーク・ドイツ映画『アダムズ・アップル』がまさにそういった作品だった。本作は新作ではなく2005年の作品で、2019年には日本初公開されているが、今年は本作に出演している“北欧の至宝”なる二つ名を持つデンマークの名優マッツ・ミケルセンの生誕60周年。レア作品も含めて彼の出演作が多数公開されることになっており、本作はその中の1本というわけだ。

本作は主人公からしてブラック。何せ、仮釈放中のネオナチなのだから(『アメリカン・ヒストリーX』しかり『オーダー』しかり、ネオナチは作品を面白くしてくれるので映画においては頼もしい)。物語は、ネオナチのアダムが更生プログラムで送られた教会で出会う牧師のイヴァン(ミケルセン)との関わりを主軸にして寓話的に、時に暴力的に語られる。イヴァンにここでの目標を聞かれ、アダムは庭のリンゴの木を見て適当に「アップルケーキ作り」と答えてしまうが、イヴァンに真面目に受け止められてしまう。隙あらば干渉し、神の話をしてくる明るく敬虔なイヴァンを鬱陶しく思っていると、どうやらイヴァンには教会に暮らす誰よりも悲惨な過去があるらしいとの噂を耳にし……。

本作のストーリーは聖書がモチーフになっている。イヴァンのキャラクターはヨブ記に登場するヨブそのままだ。ヨブはあまりにも信心深かったために、サタンと神による信仰試しゲームに巻き込まれる。財産、健康、子どもまで全て奪われて、あまりの不幸さに友人からも「バチが当たったんだろう」となじられて、さすがに神を呪う寸前まで追い詰められるも神から直々に「神の考えは人間には分からんのだ」とありがたい教えをもらい悔い改めた結果、たくさんの子どもと元の2倍の財産を与えられる。このブラックコメディのような話がヨブ記の概要だ。教会には人生ハードモードの人間が集まっているが、一番おめでたそうなイヴァンが不幸チャンピオンなのではと疑い始めてから、知恵の実を食べずしてエデンの園を追放された乱暴者アダムは困惑。簡単に達成できるはずだったアップルケーキ作りも、何度も偶然にしては出来すぎの邪魔(悪魔?)が入り難航。人智を超えた状況の前で、ネオナチは為す術もなくただのひとりの人間に戻っていく。

観客である我々も傍観者であることを許されない。一体何を見せられているのか分からず、どちらかというとネオナチに感情移入させられつつ、否応なく自らがちっぽけな人間だと悔い改めさせられる。こちらの引きつった顔を見て、きっと監督のアナス・トマス・イェンセンは「あ、笑ってくれた!」と喜んでいる。鑑賞後は奥歯に物が挟まったように、もとい喉にリンゴが引っかかったように感想をうまく口に出せないだろうが、あまりに想像の斜め上のオチにはもう笑うしかない。……そう、“笑えなくても笑うしかない”のがブラックコメディの真髄なのだ! もしあなたが頬を涙で濡らし、鼻水を垂らしながらエンドクレジットを眺める羽目になったとしたら、それはくしゃみをしすぎたせいだろう、きっと。

【ストーリー】
仮釈放中のアダムは更生プログラムで田舎の教会へやってくる。牧師イヴァンはネオナチ思想に染まる彼を快く迎えるが、アダムはイヴァンの自己欺瞞を執拗に暴こうとする……。

【キャスト】
ウルリク・トムセン、マッツ・ミケルセン、パプリカ・スティーン、ニコラス・ブロ 他

【スタッフ】
監督・アナス・トマス・イェンセン

 

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