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『サブスタンス』若かりし頃の自分と、老いた今の自分が、同一人物なわけがない。

◆今週公開の注目作

『サブスタンス』

 

文:屋我平一朗(日々メタルで精神統一を図る映画ブロガー)

フランス映画と聞けば、何となくおしゃれな作品を想像するかもしれない。ジャン=ピエール・ジュネ監督の『アメリ』あたりが筆頭だろうが、『ラ・ラ・ランド』にも影響を与えている往年のフレンチミュージカル、例えば『シェルブールの雨傘』や『ロシュフォールの恋人たち』は、日本人が思い描く“フランス”を確かに体現しているように思える。ジャン=リュック・ゴダールをはじめとしたヌーベルバーグの作品群もそうだろう。ところが、筆者と同じようなホラーファンがフランスと聞いて頭に浮かぶのは、きっとゴアゴアなスプラッター映画ばかりのはずだ。特に2000年代の作品が多く、『ハイテンション』に『フロンティア』、『屋敷女』に『マーターズ』など……。中でも『マーターズ』は、その不条理さや胸糞悪さのせいで、そもそも不謹慎極まりないスプラッター・ホラーというジャンルにおいても、ずば抜けて悪名高い。

エクストリームなグロテスク描写という点では、女性監督が撮ったホラーも中々目を見張るものがある。最近だと『オーメン:ザ・ファースト』に、それこそフレンチ・ホラー×女性監督の『TITANE/チタン』がカンヌ国際映画祭でパルム・ドールに輝いたのが記憶に新しい。この“混ぜるな危険”な組み合わせは、単に凄まじい残酷描写を生むだけでなく、今までに見たことのない異様な(本来の意味で“グロ”い)領域まで観客を引きずりズタズタにする。それは本作『サブスタンス』も同じだ。核となる、身体の変容がもたらす精神の変容を描くボディ・ホラー自体は新しいジャンルではないが、『サブスタンス』はとにかくやりすぎなのだ。

主人公はかつてスターであったが、50歳になって自身のエアロビ番組を降板させられたエリザベス。彼女は老いに抗おうとして、より若く、より美しく、より完璧な自分を“生み出せる”謎の物質(サブスタンス)に手を出してしまう。そう、エリザベスが若くなるのではないのが本作のポイントだ。注射すると、エリザベスの中から若い“別の自分”が生まれる。スーと呼ばれる若い自分とは同時に活動できず、1週間ごとにスイッチしなければならないのだが、もちろんホラーにおいてそんなナンセンスな制約は破られるためにある。そうして、本作は筆舌に尽くしがたい惨事へと突き進んでいく。

監督のコラリー・ファルジャの前作『REVENGE リベンジ』を見てみると、すでに『サブスタンス』の原型がそこにある。男性から見ても癪に障る男性キャラクターや、男性の気持ち悪い視線を表現したカメラワーク、神経を逆撫でするような食事シーンのどアップなどが面白いほど共通している。『REVENGE』は、ジャンルとしては昔からよく作られている男性観客を釣るためのレイプリベンジものだが、物語の主体を女性に引き戻そうとする意志が感じられる力強い作品だった。『サブスタンス』は女性にばかり向けられる「老いは醜い」という価値観をテーマにしているが、若さを賛美する世間がエリザベス役で現在62歳のデミ・ムーアや57歳のニコール・キッドマンらを整形だとバッシングする現実を見ると、そのダブルスタンダードには呆れるばかりだ。そう言えば、本作に出演しているデニス・クエイドの元妻だったメグ・ライアンも、整形失敗疑惑でかなり叩かれていた。

問題が深刻なのは、世間から叩かれる自分も若さに取り憑かれている場合があることだろう。周りの価値観を内面化してしまい、どんどん自分を追い込んでしまう。本作は、ほとんど自分と一緒だがある点において異なるもうひとりの自分が居場所を全て奪っていく、というドッペルゲンガーものの要素も併せ持っている。若さを失えば、自分は途端に評価されなくなるかもしれない。若い自分が今の自分と同等の能力を持っていれば持て囃されるのに! そして、挙句の果てには若い自分に嫉妬するのだ。冷静に考えればわけが分からないが、数十年後の自分を想像できない方は、老いた自分を今の自分とは別人だと捉えてはいないだろうか? 時の隔たりは、自分が誰かを忘れさせてしまう。体の衰えが精神を疲弊させる、この現実こそボディ・ホラーなのではないか? それに抗うには、受け入れることだ。……諦める、と同義だろうか? その答えは、誰にも分からない。

【ストーリー】
元トップ人気女優エリザベスは、50歳を超え、容姿の衰えと、それによる仕事の減少から、ある新しい再生医療<サブスタンス>に手を出した。接種するや、エリザベスの背を破り脱皮するかの如く現れたのは若く美しい、“エリザベス”の上位互換“スー”。抜群のルックスと、エリザベスの経験を持つ新たなスターの登場に色めき立つテレビ業界。スーは一足飛びに、スターダムへと駆け上がる。一つの精神をシェアする存在であるエリザベスとスーは、それぞれの生命とコンディションを維持するために、一週毎に入れ替わらなければならないのだが、スーがタイムシェアリングのルールを破りはじめ――。

【キャスト】
デミ・ムーア、マーガレット・クアリー、デニス・クエイド 他

【スタッフ】
監督・脚本:コラリー・ファルジャ

 

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