『ノーヴィス』強迫観念(オブセッション)よ、追いかけてこい。そうして私はもっと速くなる。

2024.10.31

◆今週公開の注目作

『ノーヴィス』

「好きこそ物の上手なれ」と言う。好きなものには自主的に打ち込むので、結果として上達も早くなるわけだ。そこまで好きでもないものに努力を注ぎ続けるのは難しい。だからこそ、「努力できるのは才能」とも言われるのだろう。例え、打ち込んでいるものに対しての才能は大してなかったとしても。本作『ノーヴィス』は、要素だけを抜き出してジャンル分けするなら「青春・スポーツもの」だ。ところが実際見てみると、多くの方がイメージするであろう、汗にまみれながらもカラッとしてキラキラしている学生生活なんて微塵も出てこない。いや、一瞬くらいはあったかもしれないが、はっきり言うと本作のテイストはサイコスリラーに近い。それもそうだろう。あの『エスター』でお馴染みのイザベル・ファーマンが主演なのだから！

ファーマン演じるアレックスは大学のボート部に入部した新入り(ノーヴィス)のくせに、なぜだか異常にトップの座にこだわっている。勉学においても自身に特別な才能がないと分かっているが故に、テストを何度も繰り返し解き直しノーミスを目指そうとしている。非常に向上心が高いのは間違いないのだが、「1番になりたい」というポジティブな思いより「1番にならなければいけない」というネガティブな強迫観念に追い立てられているように見える。奇しくも象徴的なことに、彼女が身を投じたボート競技「ローイング」では、ゴールに背を向けた状態でオールを漕いでボートを進ませレースする。「1番」、それ自体は明確すぎる目標でありながら、アレックスの長期的な目標が何なのかは一向に見えてこない。だが、他人に理解されなくても構わない。それがこの傍若無人なキャラクター、アレックスだ。

この危なっかしすぎる精神状態のアレックス視点で物語が進むため、オール漕ぎで擦れた手が痛むようなヒリヒリ感に映画全体が包まれている。同じ舟に乗り込んだとて、呉越同舟。チームメイトはともに頑張る仲間ではない。我が道を阻む敵に他ならない。敵を排除するためには血の滲む、いや血の滴る努力は当たり前……。努力なるものは世間から褒めそやされるけれど、夢もなくその努力だけをし続ける人間は、周りからどう見えるのか。はっきり言って狂人だ。どうすればその強靭すぎる意志を保っていられるのか。分からない。本作は、アレックスよろしく何事かに狂ったように打ち込んだ経験のある方には、深く寄り添ってくれる作品なのかもしれない。

本作の監督であるローレン・ハダウェイは、自身のローイング経験から本作の脚本を書き上げた。面白いことに、彼女はデイミアン・チャゼル監督の長編2作目にして出世作である『セッション』に音響スタッフとして参加している。まさに、本作に一番似ているのは『セッション』だ。同作で主人公アンドリューはジャズドラマーとして伝説になろうとする。ところが、ジャズが好きなのかどうかははっきりしない。本作のアレックスも、ボートが好きなのかどうかは不明だ。チームが一定のリズムでオールを漕ぐのが至上命題のローイングにおいて、メンバーにいつ「Not my fucking tempo!!(私のテンポじゃない!!)」と叫び出すかと思った。アレックスにとって、ボートは頂点に立つための手段でしかないのかもしれない。だが最も自分に厳しくムチ打ちながら頂点を目指す姿に、成功のためにはやはりスプーン1杯の狂気が必要なのだと言われているような気になる。匙を投げるな、並の人間を超えるなら人間性など捨てなければならないのだと。筆者は、諦める才能も存在すると思うけれども。

【ストーリー】
「困難だからこそ挑戦するのだ」J.F．ケネディの言葉を胸に、アレックスは大学女子ボート部の門を叩く。猛烈に練習に励み、スポーツ万能な同期のジェイミーにライバル心を燃やすアレックス。上級生のケガでレギュラーの座がひとつ空いた時、その座を巡って熾烈な争いが繰り広げられる。レギュラー入りで得られる奨学金がどうしても必要なジェイミーは画策に走り、その座を奪取。出し抜かれたアレックスは雪辱を果たそうとするが、その強すぎる執着心は次第に狂気を帯びていく…。怒涛のラスト8分間、激しい雨が降り、雷鳴轟く夜明け前、シングル艇に乗ったアレックスの暗くて熱い思いが炸裂する！

【キャスト】
イザベル・ファーマン、ディロン、エイミー・フォーサイス　他

【スタッフ】
監督・脚本・編集：ローレン・ハダウェイ

公式サイト：https://www.novice-movie.com/

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