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『憐れみの3章』 愛され、支配され、可哀想で“可愛”そう。

◆今週公開の注目作

『憐れみの3章』

文:屋我平一朗(日々メタルで精神統一を図る映画ブロガー)

 

映画を見る際、楽しさを最も重視する人がいる。なるほど、よく分かる。せっかく1日の活動時間である約16時間のうちの8分の1も占める2時間を費やすなら、良い気分になれる映画を選ぶのは当然のことだ。あまり人生に影響する栄養はなくとも、束の間の快楽をくれるファストフード。もちろんその逆もある。苦かったり辛かったりして食べづらいが、栄養は豊かな作品。この2時間のせいでその日は犠牲になったとしても、その後の人生を変える可能性があると考えれば安い代償だ。映画をある程度見ていくと、おそらく多くの方が後者の作品の方に興味を持ち始める。ところがたまに、とんでもなく苦いが栄養があるのかどうかはよく分からない作品に出くわす。そもそも、苦みとは毒だ。毎回毎回毒気たっぷりながら、多くの方が口にせずにいられない監督と言えばそう、ヨルゴス・ランティモスである。今生きているギリシャ人としては日本で最も有名な人物となってしまっただろうか?

ランティモスが本作の前にエマ・ストーンやウィレム・デフォーと組んだ、公開から1年も離れていない前作『哀れなるものたち』を除いて、彼のほとんどの作品で映像的にファンタジーな要素はないものの、世界観は大体いつもシュールだ。例えば『ロブスター』では、恋愛できない人間が動物に変えられてしまう社会が描かれている。さらに、どの作品でも絶妙に嫌な描写が連続する。そして、ふしぎなおどりよろしく、ぎこちなく体をバタバタさせる俳優を映した謎のシークエンスも。指先まで神経が通っておらず、自分の身体さえも自由にコントロール(支配)できていないような不器用な登場人物たちによって、ランティモスは観客の神経を逆撫でするのが好きだ。

では、本作はどうかというと、劇中でかかるユーリズミックスの1983年の大ヒット曲『Sweet Dreams (Are Made of This)』を聞いていただくのが手っ取り早い(ちなみにユニット名はギリシャ語の「美しいリズム」を語源とし、音楽を身体的に表現するアートを指す「オイリュトミー」から来ている)。歌詞を一部抜粋しよう。「あなたを支配したい人がいる。あなたに支配されたい人がいる。あなたを虐待したい人がいる。あなたに虐待されたい人がいる。甘い夢はこれでできている」……。光と闇、炎と水など、相反するもの同士がぶつかると互いに消滅しそうなものだが、実際はそれらのバランスで世の中上手く回っていると言っているのだ。割れ鍋に綴じ蓋、凸と凹で綺麗な正方形の出来上がり。文字通り地球も、太陽の重力と自身の遠心力が釣り合っているために宇宙の彼方へ飛んで行かず太陽の周りを回れている。

タイトルにある3章はそれぞれ『R.M.F.の死』『R.M.F.は飛ぶ』『R.M.F.サンドイッチを食べる』となっており、章ごとに同じ俳優が違うキャラクターを演じながらも、どの章でも支配と従属の関係性が描かれる。不健全に見えるが、ある程度は誰しも身に覚えがあるだろう。言われたことをやるのは癪かもしれないが楽だ。もし「自由」ならば、全て自分で決めて良い。言い換えれば、全て自分で決めなれければならない。責任まで背負って。道なき道を行くのは容易ではない。道路でもレールでも、例えデコボコでもすでに敷かれていた方が圧倒的に楽で安全なのだ。

スクリーンは時に、大きな鏡に姿を変える。俳優の演技が観客を投影しているのか。観客が俳優に自分を重ね合わせているだけか。気づけば鏡の中の自分を見て笑っているのだが、相反するブラックとコメディを混ぜればあら不思議、気まずくて面白い極上の映画体験となる。例え可哀想と思っても。「可哀想」は元々「可愛い」から来ている。「可愛い」の元になった「かはゆし」の意味は恥ずかしい、不憫に思う、だ。愛されたくて七転八倒する奇妙なダンス。ああ、可愛い。

【ストーリー】
選択肢を取り上げられた中、自分の人生を取り戻そうと格闘する男、海難事故から帰還するも別人のようになった妻を恐れる警官、奇跡的な能力を持つ特別な人物を懸命に探す女……という3つの奇想天外な物語からなる、映画の可能性を更に押し広げる、ダークかつスタイリッシュでユーモラスな未だかつてない映像体験。

【キャスト】
エマ・ストーン、ジェシー・プレモンス、ウィレム・デフォー、マーガレット・クアリー、ホン・チャウ、ジョー・アルウィン、ママドゥ・アティエ、ハンター・シェイファー 他

【スタッフ】
監督:ヨルゴス・ランティモス
脚本:ヨルゴス・ランティモス、エフティミス・フィリップ

配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
©2024 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.
公式サイト:https://www.searchlightpictures.jp/movies/kindsofkindness

 

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