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『ボストン1947』日が落ちて、星が消え、朝が来る。彼らにとって「国を背負う」ことは重圧ではない、悲願だ。

◆今週公開の注目作

『ボストン1947』

文:屋我平一朗(日々メタルで精神統一を図る映画ブロガー)

人生はマラソンだ、とよく言われる。マラソンを走った経験がない筆者にはその言葉の真意は分からないかもしれないが、普通は長い道のりを自分のペースで1歩ずつ行く、というような意味で使われているだろう。一方、人生山あり谷ありとも言う。もちろん、マラソンのコースにもある多少の高低差は、実際測ってみれば数十メートルのレベルと言えども、42.195キロメートルもの長距離を走り抜く上では山や谷にも感じられるほどの障害であるのは想像に難くない。だが、人生の頂点は丘よりももっともっと高い山の頂上であるはずだ。登るのがとても厳しい急な坂。それを超えて目にする景色は格別だろう……。だが、そこにずっと留まるのは不可能だ。すぐに上り坂と同じだけの下り坂が待っている。そして、下りの方が足にかかる負担はずっと大きい。

本作『ボストン1947』も、まさにそんな体験をした人物の実話に基づいている。いや、先程の例より悪い。やっとの思いで頂上に登ったら、霧で何も見えず、そのまま転落、というような感じだ。この人物は、1936年、ナチス政権下のドイツで開催されたベルリンオリンピックにおいて、マラソンで金メダルを獲得した。さらに、オリンピック新記録も樹立した。何を隠そう、これがオリンピック史上、マラソンにおける日本の唯一の金メダルである。本作の冒頭はちょうどこのシーンで、ドイツ語実況の中に「そんきてい」という明らかに日本的な発音が出てくるので驚く。孫基禎、ソン・ギジョン。それが彼の名前だ。ところがお察しの通り、彼は日本人ではない。日本統治下の朝鮮人であったため、日本の代表とされたのだ。

幸せの絶頂のはずが、占領国の国歌である「君が代」が流れる中、ギジョンは自らのアイデンティティ崩壊の危機を迎える。せめてもの抵抗としてユニフォームの日章旗(日の丸)を月桂樹で隠すが、これが問題視され引退に追い込まれてしまう(当時の朝鮮の新聞「東亜日報」も日章旗を黒く塗りつぶした写真を掲載し、停刊処分となったようだ)。それから時が経ち第二次大戦終戦後、ギジョンはベルリンで共に走り、銅メダルに輝いた友人の南昇竜(ナム・スンニョン)から、ボストンマラソンの選手を育てる監督にならないかと誘われる。1947年の大会に向けて選手を募ると、ギジョンに憧れる有望な若者ソ・ユンボクが現れるが、当時の朝鮮はアメリカとソ連によって分割占領されていた。その後アメリカ側の南部が韓国に、ソ連側の北部が北朝鮮となるわけだが、ギジョンらの町には日章旗に代わって星条旗がたなびいてい…。

あまりにもよくできた話だ! 史実とは言えここでネタバレはしないでおくが、そこらの小説よりもよっぽどすごい舞台設定と結末である。そして、マラソンどころか短距離走かと思うほどテンポよくサクサク進む。政治色の強そうなルックでありながら、その実頑固な師匠・ギジョンと生意気な弟子ユンボクのスポ根師弟ものであり、挫折したギジョンと朗らかな親友スンニョンの友情(ラブ!?)コメディでもあり、味わいは一走りの後のように爽やかだ。上り坂と下り坂の数が同じように、幸福と不幸は裏表だが、彼らの記録自体は輝かしいものとして残っている。そのひとつが今も日本の記録として扱われていることを、日本人としては知っておくべきだろう。

【ストーリー】
1936年、ベルリンオリンピックのマラソン競技において、日本は世界新記録を樹立、金メダルと銅メダルを獲得し、国民は歓喜に沸いた。しかし、その2個のメダルには秘められた想いがあった。日本代表としてメダルを獲得したソン・ギジョンとナム・スンニョンが、日本名の孫基禎と南昇竜として表彰式に立ったのだ。第2次世界大戦の終結と共に、彼らの祖国は日本から解放されたが、メダルの記録は日本のままだった。1947年、ボストンマラソン。その二人がチームを組み、才能あふれる若きマラソン選手を歴史あるボストンマラソンに出場させる。<祖国の記録>を取り戻すために—―。

監督・脚本:カン・ジェギュ
共同脚本:イ・ジョンファ
出演:ハ・ジョンウ、イム・シワン、ペ・ソンウ、キム・サンホ、パク・ウンビン
2023年/韓国/108分/スコープ/5.1ch/日本語字幕:根本理恵/G/原題:1947 보스톤/配給:ショウゲート
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公式サイト:https://1947boston.jp/index.html

 

 

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