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『このろくでもない世界で』盗んだバイクで走り出す。逃げ場のない袋小路へと向かって。

◆今週公開の注目作

『このろくでもない世界で』

文:屋我平一朗(日々メタルで精神統一を図る映画ブロガー)

よく、「“辛い”という字に1本足すと“幸せ”」などと言う。しかし、なぜ事態が好転するのを前提に考えているのだろうか? 悪化する可能性だって十分考えられる。むしろ、落ち込んだ状態から幸福を感じるよりも、幸福な気持ちがさっと消え悩みに支配される方が多いのではないか。「幸」から1本奪われ「辛」くなり、また1本、さらに1本と奪われ続けていけば、最早「立」つことすらままならない。本作で描かれるのはまさにそんな状況だ。いや、主人公である18歳の少年ヨンギュにはそもそも幸せだった頃がない分、より悪い。

本作は、ヨンギュの非常に粗暴な行為で始まる。第一印象は最悪だ。筆者は、果たしてこんなろくでなしに感情移入できるのかと、のっけからかなり不安になった。ところが、ろくでもないのはヨンギュではなかった。ヨンギュの実の父親はとうの昔にいなくなっており、貧困の中、継父は酒浸りとなって彼を虐待している。ヨンギュと義理の妹ハヤンとの仲は悪くないものの、ハヤンも父に怯え、ヨンギュの母親も夫を止められない。学校ではいじめっ子が幅を利かせており、ハヤンを守ろうとして返り討ちに遭い示談金まで求められる。バイト程度では到底返せない額に途方に暮れていると、地元のチンピラに目を付けられ、盗みという“仕事”に手を染めるしかなくなって……。

もう分かっただろう。本作において面白いことは何も起きない。ドッグ・イート・ドッグ、犬が自分よりも弱い肉を食らい続ける、社会の最下位決定戦を我々は見せられる。真綿で首を締められ、窒息し続ける133分だ(同じ韓国の映画『息もできない』を彷彿とさせる)。そういう意味では、本作はとてもエンタメとは呼べない。だが、圧倒的な見応えは確かにある。何と言っても、演技が凄まじい。この一言に尽きる。ヨンギュ役のホン・サビンと、ヨンギュを組織に引き入れるリーダー・チゴン役のソン・ジュンギはじめ、どのキャラクターも本当に韓国のどこかで生きているとしか思えない。

チゴンは決して感情を表に出さず、何を考えているか読みにくいが、周りを威嚇する下っ端とは明らかに異質の人間だ。なぜだかヨンギュに関心を向ける彼との関係は、この腐りきった環境の中で、鈍くはあるが確かに輝いている。本作では、血の繋がった家族は全く役に立たないのだ。とは言え、暴力という血で繋がった“ファミリー”も、一時的には居場所のようであっても、長い目で見ればヨンギュの助けにはなっていない。朱に交われば赤くなってしまう。ヨンギュが生きようともがくほど、彼の手だったものは真っ赤に汚れていく。果たして、血の池に浸った前足を洗い、ここを抜け出すことはできるのか? ……往々にして、“世界”だと思いこんでいた領域は狭いものだ。きっかけさえあれば、血の池より遥かに大きな青い海へ辿り着けるはず。ほんの少し、誰かが背中を押してくれさえすれば。もしくは、誰かが手を離してくれさえすればーー。

【ストーリー】
継父のDVに怯える18歳のヨンギュは、義理の妹ハヤンを守るために暴力沙汰を起こして高校を停学、その上、示談金を求められる。行き止まりの現実に苦しむ彼の夢は、いつの日かオランダへ移住すること。その願いも空しくバイト先をクビになったヨンギュは、地元の犯罪組織のリーダー、チゴン(ソン・ジュンギ)の門戸を叩くほかなかった。仕事という名の“盗み”を働き、徐々に憧れのチゴンに認められていくヨンギュだったが、ある日、組織の非情な掟に背いてしまう。荒んだ日常の中で互いに寄り添ったハヤンをも巻き込み、意を決してチゴンのもとへ駆けつけるが……。

【キャスト】
ホン・サビン、ソン・ジュンギ、キム・ヒョンソ、チョン・ジェグァン、ユ・ソンジュ、パク・ボギョン、キム・ジョンス、チョン・マンシク

【スタッフ】
監督・脚本:キム・チャンフン

公式サイト:https://happinet-phantom.com/hopeless/index.html

 

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