【今週公開の注目作】『殺し屋のプロット』TO DOリスト　□息子を忘れてしまう前に、父の愛を示せ。

2025.12.04

◆今週公開の注目作

『殺し屋のプロット』
12月5日(金)よりkino cinéma新宿ほか全国公開

いかにスクリーンでは若々しく見える往年の名優たちであろうとも、現実世界の老いには逆らえない。高齢の俳優が引退を表明した例で、……最近物忘れがひどくなってきた30代の筆者がすぐに思い出せるのはまずジャック・ニコルソン(2013年引退、当時73歳)、そして失語症のためという非常にショックな理由によるブルース・ウィリス(2022年引退、当時67歳)だ。ちなみに、引退を示唆しながらなんだかんだで今も作品に出続けているハリソン・フォードやマイケル・ケイン、ダニエル・デイ＝ルイスなどは当てはまらない。引退していく者がいる一方で、フォードらのようにずっと活動を続けている者もいる。クリント・イーストウッドはもう95歳ながら昨年『陪審員2番』を監督したし、2021年の『クライ・マッチョ』では監督・主演・製作も務めた。そしてここにまたひとり、イーストウッドに比べればまだまだ若いが、同様に監督・主演・製作を務めた名優がいる。マイケル・キートン(74歳)だ。

ティム・バートン版のバットマン俳優として活躍し、それをパロディにした『バードマンあるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』で“カムバック”してから早11年(とは言え、本人は『バードマン』までも他の映画に出演していたし、自身も周りからのカムバック扱いに戸惑っていたようだが)。彼は再びバットマンとしても復活し、善人役悪人役問わず毎年のように存在感を発揮している。意外かもしれないが、キートンの長編監督作としては本作『殺し屋のプロット』が2作目となる。筆者は未見ながら、1作目はやはり自身が主演も務めた2008年の『クリミナル・サイト～運命の暗殺者～』。同作で殺し屋を演じたキートンが、再び本作で殺し屋に扮する。だがこれは普通のアクションやスリラーではない。まさに老いに直面した老ヒットマンの物語だからだ。

キートン演じるジョン・ノックスは高齢でありながらも現役の殺し屋で、そのためにずっと家族と距離を置いて生きてきた。しかしある日、疎遠になっていた息子マイルズが人を殺してしまったので助けてほしいと訪ねてくる。殺人の隠蔽などの工作自体はノックスにとって難しくないものの、彼の脳はもう以前とは違っていた。急速に進行する認知症であるクロイツフェルト・ヤコブ病に冒されていたのだ。現在はまだ確立された治療法のない難病で、数週間、数か月のうちにこれまでできていたことがほとんどできなくなり、発症から1年で死亡する。捜査の手をかいくぐり計画を進めているその最中にも、ノックスの意識・記憶は混濁していく。ノックスは自分が自分であるうちに、人生最後の父親らしさを見せられるのだろうか？

これは、　家族を顧みてこなかった男の“終活”映画だ！　ようやく家族のために行えるのが殺人の隠蔽というのが何とも悲哀に満ちているが、アル・パチーノ演じる仕事仲間や馴染みの娼婦以外と関わりのない孤独なノックスにとってはそれでも幸福だったのかもしれない。彼の症状が進むのに連動して映画自体も混乱していき、時間が飛んだり映像がぼやけたりする。ノックスの行動のいくつかは意図が分からず、きちんと計画を遂行できているのか不安になってくるが、面白いのがそれでも変わらず“腕は確か”ということ。頭では忘れても身体は仕事を覚えているのか、その所作は淀みない。映画のテンポは高齢者らしくゆっくりで、人生の荷物をひとつひとつ片付けていくように、彼の最後の“TO DOリスト”は埋められていく。高齢者は最近の出来事を忘れても昔のことは覚えていたりするが、ノックスの姿は存在しない過去の、幼いマイルズに生き方を教える父親そのものだ。ノックスが全てを忘れても、父の姿は息子の中に残り続けるだろう。永遠に……とは言えないとしても。

【ストーリー】
博士号を有するという異色の経歴を持つ凄腕の殺し屋ジョン・ノックス。ある日予期せぬ事態が降りかかる。急速に記憶を失う病だと診断され、残された時間は、あと数週間というのだ。やむなく引退を決意したノックスの前に、疎遠だった一人息子のマイルズが現れ、人を殺した罪をプロである父の手で隠蔽してほしいと涙ながらに訴える。刻々と記憶が消えていく中、ノックスは息子のために人生最期の完全犯罪に挑む──。

【キャスト】
マイケル・キートン、ジェームズ・マースデン、ヨアンナ・クーリク、マーシャ・ゲイ・ハーデン、アル・パチーノ