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『スリープ』シープ、シープ、スリープ。寝る、寝る……レム。理性が眠りについた時、何が目覚める?

◆今週公開の注目作

『スリープ』

文:屋我平一朗(日々メタルで精神統一を図る映画ブロガー)

「眠るように死ぬ」という表現がある。痛みもなく、苦しみもなく、穏やかに。後ろ向きな気持ちから発せられたにせよ、前向きな気持ちからだったにせよ、そんな希望が込められた言葉であるのに変わりはないだろう。毎日8時間寝るとすると、人は実に人生の3分の1を睡眠に費やしている計算になる。フルタイムだとして、人は労働にも同じく24時間の3分の1を使っているわけだが、重要度は比べるべくもない。仕事をしなくても直接生死に関わらないが、睡眠はそうではない。その“人生の3分の1”こそが人生の全てを左右すると言っても良い……。しかし、「死んだように眠る」という表現もある。毎日数時間もの間、意識のない状態にならざるを得ないなど、よく考えれば恐ろしいことではないだろうか。二度と目覚めないかも知れないのに。目覚めても、昨日までの自分のままだとは限らないのに?

ホラーで観客を怖がらせるのに重要なのは、主人公の悲劇を他人事と思わせないことだ。そういう意味では、本作『スリープ』のもたらす恐怖の総量は他のどんなホラーよりも多い。何せ、地球上にスリープと全く無関係の人間などいないのだ。眠りに関するホラーだと、不眠症が取り上げられる場合の方が多いように思うが、本作は違う。むしろ、「寝てしまう」のが怖い。売れない俳優の夫ヒョンスと、身重の体で夫の帰りを待つ妻スジン。どこからどう見ても可愛らしいふたりで、非常に仲睦まじい様子なのに、ある日からヒョンスが寝ている間に歩き回ったりいきなり冷蔵庫を開けて生肉を食べ始めたりと不気味な行動を取り始める。そうして、すぐに眠りに落ちるヒョンスと逆に、スジンの眠れない日々が始まっていく。

ヒョンスが診断される病名は、「レム睡眠行動障害」。レム(REM)とはラピッド・アイ・ムーブメント(Rapid Eye Movement、急速眼球運動)の略で、レム睡眠は通常体の筋肉が休息し脳は覚醒している状態だ。夢を見るのは主にレム睡眠中で、意識があるのに動けない金縛りもこの時に起きやすい。しかしレム睡眠行動障害の患者は、体を動かせてしまう。するとどうなるか。夢に対して体で反応してしまうのだ。もしも誰かと戦う夢を見ていたら、寝ながらにして暴れまわってしまう。酔拳ならぬ“睡拳”……などと悠長なことを言っている場合ではない。一緒にベッドで寝ている妊娠中の妻を傷つける恐れがあるのだから。もしくは自分自身を(ちなみに、夢遊病はノンレム睡眠で起こる、脳が休息状態なのに体が動く病気なので、似て非なるもの)。

本作はホラーではあるが、ラブコメでもあって、そしてファミリードラマでもある。何しろ、ヒョンスの問題を夫婦で乗り越えなければ幸せはないのだ。ヒョンスの異常行動も恐ろしいが、ヒョンスが悪いと言い切れないのに夫婦関係にヒビが入っていくのが何ともいたたまれない。こんな悲劇など、きっとどこにでも転がっているのだろう。さあ、あなたにもまた夜が来る。果たして……朝はやって来るだろうか?

【ストーリー】
出産を控え、幸せな結婚生活を送るヒョンスとスジン。ある夜、隣で眠る夫ヒョンスが突然起き上がり「誰か入ってきた」と呟いた。その呟きに呼応するように家を覆い尽くす不穏な気配…。翌朝、下の階に越してきた住人から「明け方の騒音が1週間も続いて、我慢できない」と相談をされるも全く身に覚えがなかった。少しの違和感を抱きながらも夜を迎えたその日から、眠りにつく度にヒョンスは人が変わってしまったかのように奇行を繰り返す。頬を掻きむしる。生魚を丸呑みする。窓から身を乗り出す。その異常行動は日を追う毎にエスカレートしていく。得体の知れない“それ”に恐怖を感じ、怯えながら夜を過ごす夫婦は睡眠クリニックの受診を決意するが、スジンは母から超自然的な力に頼るべきだと、巫女から手に入れた御札を渡される。果たして “それ”は医学で克服できるものなのか、それとも――。

新鋭ユ・ジェソン監督は『パラサイト 半地下の家族』で世界的称賛を浴びたポン・ジュノの助監督を経て、本作で念願のデビューを果たす。「ここ10年で観た中で最もユニークかつ恐ろしい映画。平凡な日常の空間で予測不可能な物語が繰り広げられる、スマートな監督デビュー作。ぜひスクリーンで味わってほしい。」とポン・ジュノが太鼓判を押す本作は、第76回カンヌ国際映画祭批評家週間にも選出された。

【キャスト】
チョン・ユミ、イ・ソンギュン 他

【スタッフ】
監督・脚本:ユ・ジェソン

2023年/韓国/5.1ch/ビスタ/韓国語/94分/原題:잠/英題:SLEEP/字幕翻訳:石井絹香/配給:クロックワークス/レーティング:G
公式サイト:https://klockworx.com/sleep
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