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『インフィニティ・プール』命の洗濯のはずが命の選択に。境界が歪んで崩れて混じり合う、自己崩壊サイケ・サイコスリラー。

◆今週公開の注目作

『インフィニティ・プール』

文:屋我平一朗(日々メタルで精神統一を図る映画ブロガー)

世代ではないが、子どもの頃に見たアニメ『パーマン』。その劇中には、ヒーローであるパーマンたちの正体がバレないよう、本人そっくりの見た目と言動でカモフラージュしてくれる便利アイテム、「コピーロボット」が登場する。スイッチを押すと本人の記憶を引き継いだコピーに変身し、本人が嫌なことも代わりにやってくれる。さらに、別行動していたコピーの記憶は、おでこをくっつけると逆に本人の脳にもダウンロードできるというスグレモノだ。…しかし、そうなると厄介な問題が発生する。もはや、どっちがホンモノなのか分からないではないか! 幸い、コピーロボットはスイッチである鼻を押せば変身が解ける。だが現実世界で先に実現可能なのは、コピーロボットよりもクローンの方かもしれない。果たしてそれは夢の技術か? あるいは…。

本作『インフィニティ・プール』が描くのは、クローン技術が確立された世界の恐ろしさだ。作品が書けなくなった作家のジェームズは、新たなアイディアを得るため妻のエムを連れてとある外国のリゾートを訪れるが、酔って羽目を外し現地の人を轢き殺してしまう。恐ろしいことに、この国では過失であっても人を殺せば遺族によって死刑に処せられるという。この時点で最悪だが話はここからで、何とこの国ではこのような外国人のため、大金を積めばその人の記憶を持ったクローンを作り、オリジナルの代わりに死刑にすることで罪から逃れられる制度があるのだ。オリジナル・ジェームズは不思議な気持ちで、殺してしまった男の幼い息子に刺殺される“自分”を見ていたが、そこから精神は危うい領域に近づいていく。

監督のブランドン・クローネンバーグは本作がまだ3作目と寡作だが、どれも度肝を抜くような(良い意味で)キモい設定のSFスリラーだ。デビュー作の『アンチヴァイラル』では、人々がセレブに熱狂しすぎてセレブが感染したウィルスまでもが高値で闇取引される世界が、2作目の『ポゼッサー』では、他人の脳に意識を侵入させられる機械を使って他人を操り人を殺す“リモート暗殺者”が描かれた。そして続く『インフィニティ・プール』では死刑身代わりクローン。あまりに濃すぎるフィルモグラフィーだ(そう言えば、『アンチヴァイラル』の中ではセレブのクローン肉が販売されていた)。これまでの作品に共通するテーマは、「テクノロジーが人間の精神に、そして歪んだ精神が肉体に与える影響」と言えるだろう。

ジェームズを演じたのは、超絶ハンサムでありながら全くカッコつけておらず、人前ですぐ脱いで笑いを取ったりしているアレクサンダー・スカルスガルド。ジェームズよりリゾートに詳しい観光客で、彼を奈落へ引きずり込む魔性の女…いや、悪魔のガビを演じたのは『X エックス』『Pearl パール』でも注目されたミア・ゴスだ。ホラーファンの中では、役のせいですでにヤバいヤツと認知されているゴスだが、最近では新作『MaXXXine(原題)』の撮影中に死人の演技をしているエキストラ男性の頭をわざと蹴ったとして訴えられたばかり(しかも男性の名前もジェームズ)。その真偽は置いておくとしても、彼女は今回もやはりイカれていた。

クローン作成は、『ポゼッサー』にも似たシーンがあったが、サイケデリックな悪夢のように描かれる。精神がぐちゃぐちゃに溶け絡み合い、こねくり回されて異形のモノに生まれ変わるような描写だ。ひたすら生理的嫌悪感を刺激する本作のキモさは、リゾートのお土産である動物かナニカの皮でできたような「エキの仮面」を見てもらえば一発で分かるはず(狂っていることに、この仮面は入場者プレゼントとして配布される運びとなった。呪!)。擬似的に一度死に、一線を超えてしまったジェームズは、徐々にまともな人間としての心を失っていく。仮面は、その心を具現化したもののように見えるのだ。

いや、そもそも、“一線”などはじめからなかったのかもしれない。タイトルのインフィニティ・プールとは、縁を見えないようにして海や空との境界線をなくし、ひと続きに無限に繋がっているように見せているプールのことだ。よく考えれば、「輪郭」など絵の世界にしか存在しない。正常と異常のはっきりとした境目だって存在しないのだ。「クローン(clone)」の語源はギリシャ語の「小枝」。オリジナルが大きな幹だとしても、そこから伸びた枝もまた遺伝的には同じもの。もはや、オリジナルだけが持つ固有の価値などない。オリジナルとコピーの境界もなくなり、生と死の境界も、もしかしたら、精神と肉体の境界すらも本当はないのかもしれない…そう思えてくる。一体、その心と体。どちらが見にくい/醜いのだろうか?

【ストーリー】
高級リゾート地として知られる孤島を訪れたスランプ中の作家ジェームズは、裕福な資産家の娘である妻のエムとともに、ここでバカンスを楽しみながら新たな作品のインスピレーションを得ようと考えていた。ある日、彼の小説の大ファンだという女性ガビに話しかけられたジェームズは、彼女とその夫に誘われ一緒に食事をすることに。意気投合した彼らは、観光客は行かないようにと警告されていた敷地外へとドライブに出かける。それが悪夢の始まりになるとは知らずに……。

【キャスト】
アレクサンダー・スカルスガルド『ターザン:REBORN』、ミア・ゴス『Pearl パール』、クレオパトラ・コールマン『月影の下で』、トーマス・クレッチマン『タクシー運転手 約束は海を越えて』、ジャリル・レスペール『イヴ・サンローラン』

【スタッフ】
監督・脚本:ブランドン・クローネンバーグ『アンチヴァイラル』『ポゼッサー』 
製作:NEON
2023年/カナダ・クロアチア・ハンガリー合作 / 英語 / 118分 / R18+ / 原題:Infinity Pool / 日本語字幕:城誠子 / 配給:トランスフォーマー © 2022 Infinity (FFP) Movie Canada Inc., Infinity Squared KFT, Cetiri Film d.o.o. All Rights Reserved.

公式HP:https://transformer.co.jp/m/infinitypool/

4月5日(金)新宿ピカデリー、池袋HUMAXシネマズ、ヒューマントラストシネマ渋谷他全国順次公開

 

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