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『関心領域』“ヴァーチャル体験”の極み。地獄の日常映画がここに。

◆今週公開の注目作

『関心領域』

文:屋我平一朗(日々メタルで精神統一を図る映画ブロガー)

我々は、必ずしも“実際にあるもの”を見ているわけではない。太陽を見れば目が眩み、しばらく視界には黒い太陽が残り続ける。同じ長さの線でさえ、少しの工夫で長さが違って見えてしまう。人間の目には文字通り「盲点」が存在し、例えば片目で一点を見つめた時、容易に視界の一部が欠落する。目は世界をありのままに映すレンズではなく、目に入ってくる情報を脳が処理したものを我々は“見て”いる。そういう意味では、脳が作り出した仮想現実(ヴァーチャル・リアリティ)に生きているとも言える。まさに『マトリックス』のような話だ。現実の世界がどうであれ、我々が知覚できるのは脳が見せられる形だけ。……もしくは、自分の見たい形だけ。

さて、世の中には様々な映画があれど、毎年のように同じ題材の作品が作られ続けている。基になった出来事からもうすぐ100年が経過しようとしているのに。そのテーマとは、そう、ホロコーストだ。ただし切り込み方の角度は様々で、例えば2015年のハンガリー映画『サウルの息子』では、ユダヤ人でありながらナチスに同胞殺しを強いられていた実際の部隊「ゾンダーコマンド」の男・サウルが見る景色が描かれた。壮絶な現実を直視しないサウルの視界のように、カメラは決定的なものを直接映さず、時折ピントがぼけていた。また、2016年のアメリカ・イギリス合作映画『否定と肯定』では、ホロコースト研究者と「ホロコーストはなかった」と主張する否定論者との間で実際に行われた裁判模様が描かれた。これらの作品が今も作られる主な理由は、もちろん悲劇を風化させないためだろう。あるいは、それが決して過去の話ではないからか。

本作『関心領域』も、まさにそのような作品だ。クリスティアン・フリーデル演じる、アウシュビッツ強制収容所の所長を務めていたナチス高官ルドルフ・ヘスと、ザンドラ・ヒュラー(「フューラー」ではない、念のため)演じる妻ヘートヴィヒを中心とした家族の日常が映し出される。庭を手入れしたり、子どもたちがプールで遊んだりと何でもない場面の連続で、穏やかな日常映画のようだ。……この邸宅が収容所のすぐ隣にあるのでなければ(事実!)。邸宅の周りは外界を拒絶するように塀で囲まれており、外からの情報は収容所からたなびく黒い煙や誰かの叫び声のみ。ショッキングな事実を扱う作品において、残酷シーンを直接映すことの是非は、「被害者への冒涜に当たる」などとして映画史の中でも何度も議論が交わされてきた部分だ。本作は『サウルの息子』と同じく直接残酷シーンを描かないことでむしろその凄惨さを際立たせており、またメッセージをより深く観客に突き刺してくる。

そのメッセージとはもちろん、タイトルにある「関心領域」についてだ。文字通り、自らが関心を持って見ようとする範囲を指し、視覚的には塀に囲まれたヘスの土地を意味している。彼を異常者と切り捨て理解を拒むのは簡単だが、インターネットを使い何にでも関心が持てるはずの現代の我々もまた、かえって関心領域を狭めているとは言えないだろうか。動画を検索すれば自分が好みそうな内容のものばかりが並び、イヤホンを耳に入れれば余計な雑音はキャンセルできる。見たいものだけを見て、聞きたいものだけが聞ける。夢のような生活だ。……本当に?

監督のジョナサン・グレイザーの名は、よほどの映画好きしか知らないかもしれない。彼の作品の中では、スカーレット・ヨハンソンが正体不明の女性を演じた怪作SF『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』が最も有名だろうが、監督デビューしてから23年間で本作含め4本しか撮っていないかなり寡作な人物だからだ。ただし、彼の他の仕事を知っている方は非常に多いはず。日清カップヌードルの替え歌CMでも有名な、あのジャミロクワイの「Virtual Insanity」のMVを撮ったのが何と彼なのだ! 「virtual(ヴァーチャル)」は日本では「仮想」という意味で用いられる場合が多いが、「事実上の」と訳す方が本来のニュアンスに近い。「ホンモノのようなニセモノ」というより、「ニセモノなのに事実上ホンモノ」なのだ。『マトリックス』のように。我々の脳内にしかない、しかしそれ以外の形に見えない世界のように。

ちなみに邦題は原題の直訳だが、あるニュアンスが反映されていない。原題にある「Zone of Interest」とは元々、ナチスが利益を享受するためにポーランド人から奪った、アウシュビッツ強制収容所の周りに広がる40平方キロメートルの区域を指す言葉である。利益。そう、「interest(インタレスト)」とは「興味・関心」という意味でよく知られているが、元々の意味は「利益」だったと言われている。利益になるものに人は関心を持つのだ。逆に言えば、現在進行形で続いている世界の悲劇に無関心なのは、それを気にしても自分にとって何の得にもならないから、かもしれない。確かに多くの場合、直接的な関係はないだろう。そんなことより、自分の生活において気にすべきことがたくさんある。それが“正常”な考えかもしれない。……しかし、それこそが“事実上の狂気”なのではないか?

本作の鑑賞がもたらすのは、無関心の疑似体験などではない。“事実上”、自らの日常の再体験に他ならない。観客を傍観者でいさせず、己の罪を自覚させてしまう。その辺のホラー映画より恐ろしい映画だ。だが、グレイザーに突きつけられた指から目を逸らせなかったあなたこそ、関心領域という名のヴァーチャル・リアリティから目覚めるきっかけを得たのかもしれない。

『関心領域』
5月24日(金)新宿ピカデリー、TOHOシネマズ シャンテほか全国公開

【ストーリー】
空は青く、誰もが笑顔で、子供たちの楽しげな声が聴こえてくる。そして、窓から見える壁の向こうでは大きな建物から黒い煙があがっている。時は1945年、アウシュビッツ収容所の所長ルドルフ・ヘス(クリスティアン・フリーデル)とその妻ヘドウィグ(ザンドラ・ヒュラー)ら家族は、収容所の隣で幸せに暮らしていた。スクリーンに映し出されるのは、どこにでもある穏やかな日常。しかし、壁ひとつ隔てたアウシュビッツ収容所の存在が、音、建物からあがる煙、家族の交わす何気ない会話や視線、そして気配から着実に伝わってくる。壁を隔てたふたつの世界にどんな違いがあるのか?平和に暮らす家族と彼らにはどんな違いがあるのか?そして、あなたと彼らとの違いは?

【キャスト・スタッフ】
出演:クリスティアン・フリーデル、ザンドラ・ヒュラー
監督・脚本:ジョナサン・グレイザー
原作:マーティン・エイミス「関心領域」(早川書房刊)
撮影監督:ウカシュ・ジャル
音楽:ミカ・レヴィ
配給:ハピネットファントム・スタジオ
原題:The Zone of Interest|2023年|アメリカ・イギリス・ポーランド映画|

© Two Wolves Films Limited, Extreme Emotions BIS Limited, Soft Money LLC and Channel Four Television Corporation 2023. All Rights Reserved.

公式HP:https://happinet-phantom.com/thezoneofinterest/
公式X:@ZOI_movie

 

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