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『テレビの中に入りたい』あの世界へ行きたい。あの世界で、生きたい。

この映画は、つまり―
  • 最も個性的で、個人的なA24作品
  • 多くの人には分からない。なぜならば……
  • でも、映画は少し“分かった気”にさせてくれる

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◆配信中の注目作

『テレビの中に入りたい』
配信先:Amazonプライム

文:屋我 平一朗(日々メタルで精神統一を図る映画ブロガー)

はっきり言おう。筆者は事前知識なく本作『テレビの中に入りたい』を見たが、何が何だか全く分からなかった。もちろん、見ながら何となく「このような話かな」と想像を巡らせてはいた。その予想は、非常に広い意味では合っていたと言えなくもない。しかし、実際は監督のジェーン・シェーンブルンが過去に味わった個人的な苦しみが本作のベースにあるため、それを知らなければ同じ苦しみを抱えた当事者以外には本当は何の話なのかが伝わらない。監督の意図は、検索すればすぐにヒットする複数の日本語のインタビュー記事でも多く語られているので、この文章の後半で少しだけ明かすことにする。何も知らない状態で見て困惑し、事実を調べた後にもう一度見返すと(大枠での)理解が進むだろう。本作のテーマをまだ知らない方は、そういった鑑賞の仕方も考慮に入れてみてほしい。もちろん、本作の見方を知った状態で見たいならばそれはそれで構わない。どちらにしても、簡単に本作を理解することはできないだろうから。

A24作品らしく、奇妙で難解な印象を持たれやすいであろう映画だ。登場人物は主にふたり。10代のオーウェンとマディはキッチュでミステリアスなテレビ番組「ピンク・オペーク」を通じて交流を深めるが、ある日マディが失踪してしまう。オーウェンはマディを忘れられないまま年月が経っていき……という、文字にするとあまりにシンプルなストーリーながら、いざこれを映像で見るとあまりに幻想的で悪夢的で抽象的なために、得体が知れない物語に感じられる。現実に馴染めずピンク・オペークの世界に逃避したがっているふたりのせいで、画面の至る所にまでピンク・オペークの影響が染み出してきているからだ。夕暮れ時のようなマゼンタカラーが特徴的で、どこまでが現実でどこからが妄想かが分からない。

ピンク・オペークの世界観はどこか悪趣味で毒々しく、ホラー的だ。子どもが怖がる子ども番組然としていて、感覚が敏感な幼い時期にトラウマを植え付けられそうなルックをしている。だが実際は、オーウェンとマディに重ねられる主人公イザベルとタラの友情と、倒すべき敵「ミスター・憂鬱」との闘いを描いている。イザベルとタラのシーンは柔らかく、ミスター・憂鬱のシーンは不気味だ。両親にも、いや自分自身にすら理解されていないオーウェンはこの別世界に逃げ込む以外に選択肢がない。なるほど、本作は「自分は他人とはどこかが違うと感じている人」の苦しみを描いているように見える。広く言えば、合っている。分からないなりに共感できた気がした方もいるかも知れない。だが、これはもっと具体的な話なのだ。

本作のテーマを、最も誰にでも受け入れられやすい形で提示した映画がすでにある。『マトリックス』だ。同作において人間が“現実”と思い込んでいたのは、実は機械が作り出した幻想だった。監督のウォシャウスキー姉妹はトランスジェンダー。当事者にとって、生まれつきの性別で生きる人生は仮初めの現実で、自認している性別で生きる人生こそが本来の現実なのだろう(と推察する)。ジェーン・シェーンブルンもまたトランスジェンダーであると公表しており、本作はシェーンブルンが自身の性合(しょうあい)に気づくまでの体験に基づいているのだ。ちなみに、オーウェン役のジャスティス・スミスとマディ役のジャック・ヘヴンも実際にクィアの俳優である。

それが分かると、オーウェンをテレビの中に誘おうとするマディと、なかなか一歩を踏み出せないオーウェンに例えられている内容がマゼンタの霧が晴れるように一気に明確になる。一見衝撃的で絶望的なラストも、全く違った色合いに見えてくるだろう。これで全てを理解した気になるべきではないが、自分と全く異なる相手の境遇を少しでも分かった気にさせてくれるのが映画の良いところだ。そしてまた、全く異なるように感じられる相手との共通点も見えてくる。誰であれ、自分自身と腹を割って話せば、その中からもう一度生まれ変われるのかもしれないと。

【ストーリー】
第74回ベルリン国際映画祭パノラマ部門正式出品作。90年代のアメリカ郊外を舞台に自分のアイデンティティにもがく若者たちの切なくも幻想的な“自分探し”メランコリック・スリラー。
毎週土曜日22時半。謎めいた深夜のテレビ番組「ピンク・オペーク」は生きづらい現実世界を忘れさせてくれる唯一の居場所だった。ティーンエイジャーのオーウェンとマディはこの番組に夢中になり、次第に番組の登場人物と自分たちを重ねるようになっていく。しかしある日マディは去り、オーウェンは一人残される。自分はいったい何者なのか?知りたい気持ちとそれを知ることの怖さとのはざまで、身動きができないまま、時間だけが過ぎていく――。

【キャスト】
ジャスティス・スミス、ジャック・ヘヴン 他

【スタッフ】
監督・脚本:ジェーン・シェーンブルン

 

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