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『デビルズ・バス』心に巣食うこの憂鬱から救われる術はあるのか。

この映画は、つまり―
  • ベルリン国際映画祭で銀熊賞を受賞したオーストリアの絶望ホラードラマ
  • 「嫌」を描くのがホラーの真髄
  • 「救い」こそが新たな罪を生み出す

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『デビルズ・バス』
配信先:U-NEXTApple TVAmazonプライム

文:屋我 平一朗(日々メタルで精神統一を図る映画ブロガー)

ヴェロニカ・フランツ&ゼヴリン・フィアラの名を聞いてピンと来る方は、きっとかなりのホラー映画好きだろう。ふたりはオーストリア人であり、4作目となる本作『デビルズ・バス』までずっとコンビで作品を撮ってきた(フランツの夫は著名なオーストリア人監督ウルリヒ・ザイドル、そしてフィアラはザイドルの甥だ)。ドキュメンタリーの1作目を除いては、全てホラー。2作目『グッドナイト・マミー』は、整形手術を終えて帰ってきた包帯ぐるぐる巻きの母親を見て、実は別人と入れ替わっているのではと疑い始める双子の息子の物語だった(後にナオミ・ワッツ主演でリメイク)。ライリー・キーオを主演に迎えた3作目『ロッジ -白い惨劇-』は、母親を自殺で亡くしたばかりの幼い兄妹とキーオ演じる父親の恋人が体験する、雪の山荘での地獄の数日間を描いていた。

ベルリン国際映画祭で銀熊賞に輝いたこの『デビルズ・バス』に至るまで、フランツ&フィアラのホラー作品は全て日本で見られる。大変ありがたいことだが、鑑賞中は全くそうは思えない。どれも不快で陰鬱で、救いがないからだ。本作の舞台は18世紀のオーストリア。主人公のアグネスは、若き新婦として森と川に囲まれた寒々しい村に嫁いでくる。最初からすでに幸せの絶頂。つまり、後はここから落ちていくだけだ。敬虔なキリスト教徒のアグネスは子どもを授かって“良き妻”になるのが夢だが、夫のヴォルフにはなぜか初夜から求められず、過干渉な姑との関係はどんどん悪化、村の労働にもついていけない。自然が好きで大事にしていた虫の標本なども捨てられ、村人にも疎まれ、アグネスの居場所は徐々になくなっていき……。

本作の冒頭に登場する、赤ん坊を抱く女性の非常にショッキングな行動や、アグネスが見つける首のない死体、アグネス自身が祈りに用いるぎょっとするアイテムなどはいわゆるフォークホラー、因習ホラー的な雰囲気を醸し出している。しかし、本作をホラーと紹介しておいて何だが、各要素から思い出されるような『ミッドサマー』や、『グッドナイト・マミー』『ロッジ』ほどフィクションらしくはないので、嫌な心理ドラマとでも呼ぶ方が感覚としては近いかもしれない。説明がほとんどなく、例えばヴォルフの行動理由などは断片的な情報から想像するしかないため、このただでさえグロテスクな物語はかなり能動的に鑑賞しなければきっと楽しめないだろう。ただ、ロケーションはとても現在とは思えないような場所ばかりで、その時代にタイムスリップした感覚は嫌というほど味わえる。

 

フランツのインタビューによれば、本作くらいの時代には鬱状態の人を「デビルズ・バス(悪魔の浴槽)に浸かっている」と表現したらしい。憂鬱(メランコリー)は、有名な七つの大罪の前身である「八つの枢要罪」にも通ずるもので、悪魔憑きとも関連があるとされた(七つの大罪では「怠惰」に統合)。本作は歴史的事実を基にして作られているため、本物の絶望が描かれていると言っても過言ではない。幸か不幸か、逃げ場もなく逃げる気力すら奪われたアグネスには……筆者の最初の発言と矛盾するようだが、救いの瞬間が訪れる。ところが、決して観客にはそれが救いに見えないのだ! だからこそ、本作には本当に救いがない。鑑賞後、数百年後の未来へ再度タイムスリップした我々を待つのは、現代にも“アグネス”がいる事実。我々にさえ逃げ場はない。ああ、これではアグヌス・デイ(神の子羊)にも祈りたくなるというものだ。

 

【ストーリー】
18世紀半ば オーストリア北部の小さな村。古くからの伝統が残るその村に嫁いだアグネスは、夫の育った世界とその住人達に馴染めず憂鬱な生活を送っていた。それだけでなく、彼らの無神経な言動や悍ましい儀式、何かの警告のように放置された腐乱死体など、日々異様な光景を目の当たりにして徐々に精神を蝕まれていくアグネス。極限状態に追い込まれ、現実と幻想の区別すらつかなくなった彼女を、やがて村人たちは狂人扱いするようになる。果たして、気が狂っているのはアグネスなのか、それとも村人たちなのか。やがてアグネスは、村から、この世界から自由になるために驚くべき行動にでる。

【キャスト】
アーニャ・プラシュク、ダーヴィド・シャイト、マリア・ホーフスタッター 他

【スタッフ】
監督・脚本:ヴェロニカ・フランツ&ゼヴリン・フィアラ

 

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