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『邪悪なるもの』Sacred(聖なるもの)の対極は、Hatred(憎しみ)。

この映画は、つまり―
  • ハリウッド・ホラーと一線を画す劇薬のアルゼンチン・ホラー
  • “悪魔”は死に至る病
  • その甘言に耳を貸さないように

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『邪悪なるもの』
配信先:U-NEXTAmazonプライム

文:屋我 平一朗(日々メタルで精神統一を図る映画ブロガー)

ホラーファンを自称している筆者だが、怖いものは苦手だ。ではなぜわざわざホラー映画を見るのか。逆説的に聞こえるかもしれないが、ホラーは怖さがウリなわけで、その怖さを感じられる者でなければ楽しめない、というのが筆者の持論だ。とは言え、ホラーばかり見て耐性をつけたつもりでいても、根が怖がりなものだからそんな自信は所詮風前の灯火。ふとした拍子に臆病風に吹かれて、小さな希望はふっと消える。辺りは暗闇に包まれて、筆者は身動きが取れなくなる。ハリウッド製のホラーに慣れていると、別の国のホラーを見た時に作品の根底を支配しているルールが全く異なることに気づく。劇中でひどい出来事が起こるのが明白なホラーというジャンルにおいても、大抵のハリウッド・ホラーには安全圏が存在する。要するに、そのキャラクターの特性によってはほとんどの確率で死なないだろうと予想できるのだ。その暗黙の了解に従っていない(本来別に従わなければならない道理はないのだが)ホラーに出くわした時、筆者の身体は静かにすくむ。

本作『邪悪なるもの』はアルゼンチンのホラー映画だ。細かいジャンルは、要素から考えればオカルト・ホラーと呼ぶのが適しているだろうか。何せ、本作で焦点があてられているのは「悪魔」なのだから。となると悪魔祓い(エクソシスト)が登場して対決、という流れになりそうなものだが、全くそうはならない。それどころか、映画の最初の時点で悪魔祓いに近い存在であろう“処理人”は身体を真っ二つにされて死んでいる。ハリウッド・ホラーの悪魔はいつも、なぜか獣のように物理的に人間を攻撃するが、本作の場合は非常に狡猾で、人間の精神を侵し命を奪う。

この世界における悪魔憑き現象は、まるで疫病だ。取り憑かれると次第に身体が腐敗して膨張し悪臭を撒き散らす(ただし、1年以上放っておいても死なない)。この悪魔は空気感染するかのごとく悪魔憑きの周りの人間や動物にも取り憑き思考・行動を支配し、他人を惨殺するよう仕向ける。本来悪魔憑きは処理人が正しい手続きで処理しなければならないが、前述の通り、本作はこの時点でもう詰んでいる。実は、親切なことに悪魔の“感染”を防ぐための7つのルールが言い伝えられているのだが、信仰が死に絶えたこの世界では悪魔憑きを信じていない人間の方が圧倒的に多いようで、銃殺などの禁忌を衝動的に犯して余計に悪魔を飛び散らせてしまうのだ。主人公である中年のペドロと弟ジミーは悪魔憑きの男を実際に目にするが、ルールを知っている彼らですら悪魔の計画にまんまと乗せられてしまう。

今年を代表するとんでもない胸糞映画なので、食事の前に見ようとしたり好奇心だけで見ようとしたりしては絶対にいけない。ショックシーンの汚さ・グロテスクさも群を抜いているし、決して観客を安心させてはくれない。悪魔の武器は「憎悪」だ。悪魔憑きは誰かの大切な者を殺し、遺族は憎悪によって悪魔憑きを殺す。そうして悪魔は世に蔓延していく。ホラーでは珍しくないが、ペドロの行動は実に愚かしい。彼がもっと理性的に行動していれば、こんな結末にはならなかったかもしれない。おそらく、それは彼にも分かっているのだろう。しかし、復讐は甘美。理不尽に家族を奪った悪魔への憎しみを止められないのだ。監督のデミアン・ルグナは無宗教で、本作はアルゼンチンで起こった農薬による大規模な健康被害と政府の怠慢に着想を得たという。だが、本作はまた別の真実を浮き彫りにしてしまっているようにも感じられるのだ。そう。悪魔は、我々の中にこそ潜んでいる。

【ストーリー】
教会が終わった、神なき世界。悪魔に魂を乗っ取られ、体が腐敗していく者――“悪魔憑き”の存在が人々の生活に暗い影を落としていた。“悪魔憑き”は処理人によって適切に処理されなければならず、古くから伝わる7つのルールを守らなければ、悪魔の力がまるで伝染病のように広がって人々を蝕み、やがてこの世の終わりが到来するという。ある日、ペドロとジミーの兄弟は村の外れに変死体を発見し、さらには近隣の住民が家族に出た“悪魔憑き”を隠していることに気付く。二人は7つのルールに従って慎重に対処しようとするが、伝承を信じない人々の無謀な行動によってタブーは犯され、周囲は“悪魔憑き”で溢れかえってしまうのだった。最愛の家族を守るべく、ペドロとジミーは感染から逃れようと姿の見えない悪が蔓延るアルゼンチンを途方もなく彷徨い始めるが……。

【キャスト】
エセキエル・ロドリゲス、デミアン・サロモン、シルビナ・サバテール、エミリオ・ボダノビッチ 他

【スタッフ】
監督・脚本:デミアン・ルグナ

 

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