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『映画検閲』映画が社会を侵蝕する前に、脳が現実を変色させる。

この映画は、つまり―
  • 犯罪が起きるのは映画のせい?
  • VHSは魔性の媒体
  • 暴力を批判する者が持つ、無自覚な暴力性

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『映画検閲』(2024)

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文:屋我 平一朗(日々メタルで精神統一を図る映画ブロガー)

映画が大ヒットし、世間に旋風を巻き起こすことがある。“社会現象”というやつだ。この大きな流れを直に目撃した方ならば、その映画の影響力の大きさに驚嘆するだろう。映画にそれほどのパワーが秘められているのだとすれば、いち映画好きとしても嬉しい。では、映画がもたらしたのがマイナスの影響だったら? その歪みが“社会問題”と呼ばれてしまったならば? 内容に感化されて犯罪に走った者を生み出してしまったかもしれない『ジョーカー』のような作品は、どう捉えるべきなのだろうか?

映画に限らず、ゲームや漫画などはこういった時に槍玉に挙げられやすい。よくある、「暴力的な作品は人を暴力的にする」という主張とセットでだ。監禁状態で洗脳のように暴力映画を一日中見せ続けられるのであれば別だが、普通の人は映画を見たくらいで暴力は振るわないと筆者は考えている(もちろん、ある程度のゾーニングは必要だ)。映画くらいで暴力的になるのなら、身の回りで実際に暴力を目にすると一体どうなってしまうのだろう。人間はそんなにオートマチックな存在ではないと思うのだが……。

 

さて、本作『映画検閲』も同様のテーマを持ったホラーだ。1980年代のイギリスを舞台にしているため、劇中に登場する媒体はVHS(ところで、なぜVHSの画質はこんなにも恐怖を煽るのだろう? そしてなぜ、過去に取り残された未DVD化作品たちにこんなにも憧れてしまうのだろう?)。当時のイギリスでは、社会に蔓延してしまった俗悪なホラー作品などを「ビデオ・ナスティ」と呼び次々に規制していく運動が起こっており、主人公のイーニッドもその一端を担っている。彼女は、ホラー映画の行き過ぎた残酷描写をカットするかどうかを決める映画検閲官なのだ。不適切な表現を削除することで社会を良くしていると自負する彼女だったが、ある日目にした作品内の女優に幼い頃に失踪した妹の面影を見出してから精神が不安定になっていく……。

 

検閲官が主人公なのに、劇中には本当に当時存在していたかもしれない、どうしようもないホラーが数多く登場する。どうやら、女性監督のプラノ・ベイリー=ボンドはダリオ・アルジェントやルチオ・フルチなど、当時のホラーの巨匠たちの大ファンであるようだ。そんな彼女が撮っているのだから、「検閲最高!」という内容になるはずがない。表面と内容が違うなんてことはよくある。例えば、本作でイーニッド役を好演したNiamh Algar。Niamhという名前は日本ではあまり馴染みがないし、日本ではアルファベットが実際の発音と関係なくローマ字的に読まれがちなので仕方がないと言えば仕方がないのだが、ネットでは「ニアフ」とか「ニーアム」と表記されている。彼女はアイルランド出身であり、アイルランドの名前はスペルから読み方が予想できないことで有名だ。おそらく、アメリカ人でもほとんど読めないだろう。Niamhは、本当は「ニーブ(ニーヴ)」と読むのだ。

ほとんど全編静かなホラーだが終盤の展開は目まぐるしく、もしかしたら暴力的な作品を批判する人々の多くが持っている無自覚さに対する批判で本作は幕を閉じる。『キャリー』と『ミッドサマー』を足したようなラストは、所詮ニセモノの残酷描写なんかよりよっぽど恐ろしい。刺激的な作品を必要以上に目の敵にする人にはこう言ってやれば良いのだ。「もしかして、映画と現実の区別がついていないんですか?」と。

【ストーリー】
1980年代、サッチャー政権下のイギリス。有害な映画<ビデオ・ナスティ>と呼ばれる暴力シーンや性描写を売りにした過激な映画の事前検閲を行う検閲官のイーニッドは、その容赦ない冷徹な審査ゆえに“リトル・ミス・パーフェクト”と呼ばれていた。イーニッドがいつも通り作品をチェックしていると、とあるホラー映画の出演者が、幼い頃に行方不明になった妹のニーナに似ていることに気付き、次第に虚構と現実の境界があいまいになっていく――。

【キャスト】
ニーブ・アルガー、ニコラス・バーンズ、ヴィンセント・フランクリン、ソフィア・ラ・ポルタ、エイドリアン・シラー、マイケル・スマイリー 他

【スタッフ】
監督:プラノ・ベイリー=ボンド
脚本:プラノ・ベイリー=ボンド、アンソニー・フレッチャー

 

 

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