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『落下の解剖学』事実はひとつ。真実はふたつ。“落下”から始まったふたりはどこに着地する?

この映画は、つまり―
  • 昨年のパルム・ドール受賞作!
  • 最大の謎は、「夫婦って何?」
  • 夫婦であっても、互いの考える“真実”は違う

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『落下の解剖学』

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文:屋我 平一朗(日々メタルで精神統一を図る映画ブロガー)

客観的な真実など存在するのだろうか。この問いは、もしかしたら自己矛盾しているかもしれない。「事実」と「真実」の違いは何なのかと考えてみると、「事実」は起こったことそのもの、「真実」はその事実の捉え方、というのがひとつの答えとして挙げられるだろう。であるならば、「真実」は主観的なものであり、人の数だけ存在するはず。そこで最初の問いに戻ると、「客観的な真実」の部分ですでに矛盾していると言える。「客観的な事実」と「主観的な真実」しか存在しないはずだからだ。だが人間界には、多くの事実からひとつの真実(らしきもの)を導き出そうとする、ある種不条理な行為がある。裁判だ。

昨年のカンヌ国際映画祭で最高賞パルム・ドールに輝いた、この『落下の解剖学』で扱われるのが、この裁判である。作家の男性サミュエルが自宅の3階から落ちて死に、妻でありベストセラー作家の主人公サンドラが容疑者として疑われる。転落死したばかりのサミュエルを最初に発見したのは夫婦の息子ダニエルと犬のスヌープ(スヌープ・ドッグ!)だが、ダニエルは過去の事故により視力が著しく低下しており……というあらすじだ。本当にサンドラが犯人なのか、それとも事故なのか、サミュエルの自殺なのか。裁判が進むごとに新たな証拠・証言が飛び出すが、その度にサンドラとサミュエルの印象が変化し、真相がなかなか見えてこない。

本作をミステリーだと思っただろう。実際、そう紹介されることも多い。だが、本作は思いも寄らない真実へ辿り着く物語ではない。ミステリーらしさを期待するとおそらくガッカリしてしまう。多くのエンタメ映画では、物語の最後には驚きの結末が用意されていて、それは決して揺らがないものとして提示される。だが、本作を最後まで見ても絶対的な真相は提示されない。これはあまりフィクションらしくない手法だが、実際の裁判には近い。多くの事実から真実らしきものに迫ろうとしても、結局他人が推論しているにすぎないからだ。弱視のダニエルと変わらず、第三者の我々にだって真実など見えない。本作はミステリー部分に主眼を置いた作品ではなく、むしろ夫婦ドラマと呼ぶ方が近い。

彼らがキリスト教徒かは分からないが、とにかく「死がふたりを分かつまで」と結婚を誓った夫婦が、その通り、死によって別れた。そして、息子は生きている母親と、死んでいる父親のどちらにつくべきかを選ばされる。そういったドラマなのだ。『落下の解剖学』とは、何とも皮肉なタイトルと言わざるを得ない。もちろん転落死の意味もあるが、どうやら様々な問題から関係が悪化していたこの夫婦も、はじめは恋に落ちた……まさしくフォール・イン・ラブしたふたりだったはずなのだから。そしてそのまま落ち続けた結果、サミュエルの死に至ったのだ。夫婦とは一体何なのだろう。

過去のサンドラとサミュエルの口論での互いの言い分は、現実世界だと一部男女逆の場合が多いかもしれない。サンドラはドイツ人でサミュエルはフランス人なので、言語でのコミュニケーション面では齟齬もあったろうが、現実世界では同じ言語を使っていてもすれ違いは発生する。ちなみに、監督のジュスティーヌ・トリエと脚本のアルチュール・アラリは実際のパートナーだ。そしてどちらも映画「作家」で、子どももいる。そんな彼女らがいくつかの捻りを加えながら、夫婦関係というものを冷静に見つめ直してみたのが本作なのである。事実はひとつでも、運命共同体の夫婦でも、その解釈は異なる。夫婦やパートナーがいる方こそ見るべきだろうが、ケンカに発展する危険性も多分にありそうだ。そんな時は思い出してほしい。「死がふたりを分かつまで」……。

【ストーリー】
人里離れた雪山の山荘で、男が転落死した。はじめは事故と思われたが、次第にベストセラー作家である妻サンドラに殺人容疑が向けられる。現場に居合わせたのは、視覚障がいのある11歳の息子だけ。証人や検事により、夫婦の秘密や嘘が暴露され、登場人物の数だけ<真実>が現れるが──。

【キャスト】
ザンドラ・ヒュラー、スワン・アルロー、ミロ・マシャド・グラネール、アントワーヌ・レナルツ

【スタッフ】
監督:ジュスティーヌ・トリエ
脚本:ジュスティーヌ・トリエ、アルチュール・アラリ

 

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