『エターナル・ドーター』お母さん、私はあなたが望むような“良い女”でしたか？あまりにも不気味で温かいゴースト・ストーリー。

2024.01.27

この映画は、つまり―

まだまだ日本未上陸のA24映画はたくさんある
年齢不詳、変幻自在の女優ティルダ・スウィントンによる母娘一人二役
「永遠に娘であること」は誇りか、呪いか

記事を見る

◆配信中の注目作

『エターナル・ドーター』

U-NEXTプライムで視聴する⇒こちら

文：屋我平一朗(日々メタルで精神統一を図る映画ブロガー)

最近では、大体年間1000本前後の映画が劇場で公開されている。その中の半数弱が洋画なので約500本が毎年日本上陸している計算になるのだが、世の中の洋画など星の数というかスターの数というか映画監督の数ほどあるわけで、そのほとんどは日本に入ってこない。それは、近年注目されている映画製作会社A24が関わった作品であっても同じだ。昨年末、ヒューマントラストシネマ渋谷などで未公開のA24作品（配給のみのものも含む）を上映するイベント「A24の知られざる映画たち presented by U-NEXT」が開催された。気になりながらも参加できなかったファンには嬉しいことに、現在では全11作品がU-NEXTで独占見放題配信されている。今回はその中の1本、マーティン・スコセッシが製作総指揮を務めた『エターナル・ドーター』を紹介しよう。

本作はかなり静かでミステリアスなドラマとなっている。ある母娘が森の中のホテルに泊まり、映画監督である娘が母についての作品を作るため母の思い出話を聞いていくのだが、奇妙なことに少しホラーチックだ。ジャンプスケアはなく、何も起こらないが何となく不気味、というJホラー的な雰囲気が漂っている。ホテルなのに他の客の姿は見当たらず、しかし上階で物音が鳴っていて眠れない。薄暗く、緑のライトで照らされた廊下の奥へ行けば、二度と戻って来られないような予感さえする。そして極めつけは、（観客にしか分からないが）母娘が全く同じ顔をしているのだ。そう、本作では切り返しショットを用い、還暦を過ぎた名優ティルダ・スウィントンが一人二役で母ロザリンドと娘ジュリーを演じている（余談だが、スウィントンは他作品でもよく複数の役を演じている）。

監督のジョアンナ・ホッグは日本だとあまり知られていないが、あの俳優との意外な繋がりがある人物だ。2007年の長編デビュー作『Unrelated（原題）』は、後にMCUでロキ役を務めるトム・ヒドルストンの劇場公開作品デビューとなった。スウィントンとの関係はさらに深い。彼女たちは幼馴染で、ホッグ最初の作品である1986年の卒業制作の短編『Caprice（原題）』の主演もスウィントンだった。それから約30年後、ホッグは再びスウィントンを起用し半自伝的作品『スーヴェニア -私たちが愛した時間-』（または『ザ・スーベニア～魅せられて～』）と日本未上陸の続編『The Souvenir: Part II（原題）』を撮る。この中で『エターナル・ドーター』と同名の主人公ジュリーとその母ロザリンドが登場するが、ロザリンドをスウィントンが、そして何とジュリー役をスウィントンの実の娘で「名誉」という名を持つオナー・スウィントン・バーンが演じていた。

本作もおそらくある程度はホッグの“スーヴェニア”（フランス語で「思い出」）、半自伝的な内容なのだろう。母娘が泊まるホテルの名にある「Moel Famau」とはウェールズの実際の地名で、「母親たちの丘」という意味のようだ。「娘にとっての母」を強く意識した作品で、劇中のジュリーは中々ロザリンドについての脚本が書けず、徐々に母娘間のわだかまりが明らかになっていく。どれほど楽しい時や悲しい時があっても、どれだけ山あり谷あり波乱万丈回り道だらけでも、全ての人間の人生は等速直線運動。亡くなった母親の年齢を超えたとしても、母親は永遠に母親、娘は永遠に娘のままだ。本作の撮影終了直後にホッグの母親は亡くなっているが、それを知った状態で見た方がより感慨深い鑑賞体験になるだろう。