『Saltburn』血が出ないのにこれ以上なくグロテスク。招いてしまったのは友か吸血鬼か？

2024.01.20

この映画は、つまり―

『君の名前で僕を呼んで』を思い出すけれど…？
ミステリアスなバリー・キオガン主演だからこそ成り立つ絶妙な作品
劇場未公開ながら、エメラルド・フェネル監督、前作に続きまたもや傑作！

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◆配信中の注目作

『Saltburn』

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文：屋我平一朗(日々メタルで精神統一を図る映画ブロガー)

筆者は、日本未公開映画の情報を漁るのが好きだ。マイナーな映画を探していると思われるかもしれない。確かにそれも楽しい。しかし言うなれば、どのような洋画でも、例えば今後日本公開されるのが確実に思われる大作であっても、実際に公開にこぎ着けるまでは全ての洋画が文字通り“未公開映画”なのだ。「未公開映画＝見る価値があまりない」ではない。そしてそれは、結局劇場公開されなかった真の未公開映画についても同じ。そういった作品は、ひっそりと配信されていたりする。だからこそ、配信作品をナメてはいけない。本作『Saltburn』（ソルトバーン、原題そのまま表記の邦題とは珍しい）も、劇場公開されなかったのが不思議なレベルの非常に力強い作品だった。

主人公、庶民のオリヴァーはイギリスの名門オックスフォード大学に入学するが、周りは上流階級出身者ばかりで居場所がない。ところがある日、自転車のタイヤがパンクして困っていた人気者のフィリックスを助けたために距離が近づき、夏休みに美麗な大邸宅ソルトバーンに招かれる。そして、オリヴァーのフィリックスへの想いは単に友人に対してのものではないようで…と書くと、公開時大きな話題となったBL映画『君の名前で僕を呼んで』を思い出す方もいるだろう。ロマンチックなシーンはきちんとある。しかし、『Saltburn』は『君の名前で僕を呼んで』とは決定的に異なる点がある。主演がバリー・キオガンであることだ。

バリー・キオガンは、近年注目されているアイルランドの若手俳優である。筆者は勝手に、キオガンと顔が似ているアメリカ人若手俳優のタイ・シェリダン（『レディ・プレイヤー1』）を比較して「光のシェリダン、闇のキオガン」と言っている。「影のキオガン」ではない。影は光があってこそ生まれるが、闇は光を飲み込んでしまうからだ。シェリダンがスターなら、キオガンはブラックホール。キオガン自身がミステリーであり、『聖なる鹿殺しキリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』など、どの作品でも何を考えているのか分からないし、脇役でも主演を完全に食ってしまう。その不気味なイメージを上手く逆手に取ったのがMCUの『エターナルズ』で、珍しく良い人を演じたキオガンを筆者も非常に気に入ったのだが、本作のオリヴァーは『エターナルズ』を経たキオガンの新境地とも言えるキャラクターだった。

本作のジャンルを特定するのは非常に難しい。青春ドラマ、ラブストーリー、コメディ、ミステリー、スリラー…そのどれもであって、どれでもない。ただひとつ言えるのは、本作は紛れもなくキオガンのための映画であるということだ。彼以外がオリヴァーを演じても、本作は絶対に成り立たなかっただろう。両親に恵まれず、不器用で、空気も読めないオリヴァーだが、その頭の良さでフィリックスの家族とすぐに仲良くなってしまう。観客が心を読めないオリヴァーに対して、フィリックスは太陽のような青年で全く裏表がなく、オリヴァーにも普通に接する。思わず笑ってしまうほどにナイスガイで、だからこそフィリックスが出てくるシーンはロマンチックかつコミカルに見える。

しかし本作は前半と後半で、決定的にその姿を変える。監督・脚本・製作のエメラルド・フェネルは前作『プロミシング・ヤング・ウーマン』で、男性による女性への性加害という重いテーマを取り上げつつも、直接的なシーンは見せずにそのショッキングさを演出していた。本作にもほとんど血の出るシーンはないのに、鑑賞後はかなりグロテスクな映画だったと感じるだろう。それでいて美しいシーンも多く、彼女の確かな腕に感服するとともに、（俗説ながら）食べては吐いてまた食べるという貴族の美食堪能法のような作風には少々胸焼けするかもしれないが…、本作はマーゴット・ロビーの会社「ラッキーチャップ・エンターテインメント」が製作していることもあって、昨年の『バービー』に関するファンの行き過ぎたジョーク騒動を思い出した。当時の『バービー』公式Xアカウントのコメントは本作にこそふさわしい。まさに、“忘れられない夏になるだろう”。