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『第10客室の女』影も形もない被害者。殺されたのは幻か、それとも幽霊か。

この映画は、つまり―
  • 被害者がいない殺人事件
  • どんな評判も崩れ去るのは一瞬
  • キーラ・ナイトレイの“信頼できる”演技力

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◆配信中の注目作

『第10客室の女』
配信先:Netflix

文:屋我 平一朗(日々メタルで精神統一を図る映画ブロガー)

殺人事件の現場から見つからないものは何だろう。多くの場合は凶器、犯人の指紋、髪の毛……など。他にも様々あるだろうが、消えるのは大体事件の証拠といえる。そうそう、犯人の姿もまず残っていない。では、逆に絶対に残っているものは? 被害者の姿だ。被害者がいるから事件が発覚するのであって、それが見当たらないのであればそもそも事件が起きたのかどうかも疑わしくなる。本作『第10号室の女』も、まさにそんなミステリーだ。

敏腕ジャーナリストのローラ(ロー)は、億万長者たちが集まる豪華客船でのクルーズに招待される。白血病の妻とそれを支える夫が主催するイベントで、妻の名が付けられた財団の設立を感動的に報じれば、仕事は終わり。前回の仕事での辛い記憶から逃れるための気分転換がてら気楽に引き受けたローだったが、深夜に物騒な物音で目が覚めた彼女は第10号室のバルコニーから女性が海に落とされるのを目撃する。しかし、実際には第10号室に宿泊客はおらず、乗客・スタッフ全員を集めてみてもただのひとりも欠けていない。ローは皆からの疑いの眼差しに耐えながら、孤独に真実を追いかけるが……。

外界から隔絶された海のど真ん中から誰も逃げられない、いわゆるクローズド・サークルものだ。犯人自身もどこかへ逃げることはできないが、この船で部外者はローだけ、全ての人間が怪しい。犯人に目を付けられれば、自分まで殺されるおそれもある。ローが見つけた証拠は何者かによって全て消し去られていき、どれだけ自分が正しいかを訴えても誰にも信じてもらえない。さらに意地悪なことに、映画それ自体までもがローの信頼性を揺るがせてくる。彼女は前回の仕事で証言者を口封じに殺されてしまい、そのトラウマのフラッシュバックに苦しんでいるのだ。この「信頼できない語り手」を演じるキーラ・ナイトレイは、デヴィッド・クローネンバーグ監督のサスペンス『危険なメソッド』でも精神的に不安定なキャラクターを見事に演じていた。観客は、実にゴージャスな客船の内装に目を奪われつつも、客船が波に揺れる度ぐらぐらと揺らぐ真実から目を離さずにいなくてはならない。

いや、本作で最も揺らぐのは、むしろ人のアイデンティティだろうか。ローは非常に頼もしいはずの「世界的ジャーナリスト」の立場から、一瞬にして「妄想女」という非常に不利な立場に貶められてしまう。どれだけ真実に近づいたとしても、誰にも理解されず相手にもされない。この船で思わず再会した元カレのベンとのやりとりが、このサスペンス映画の中で唯一柔らかい雰囲気を醸し出しており救いだ。人間が積み上げたものは建築物でも信頼でも壊れるのは一瞬であるのは、ナイトレイがパドメの影武者サーベを演じた頃よりも、街をガス燈が照らしていた頃よりも、キリストが産まれた頃よりも、きっともっともっと前からだったろう。そして、それは未来永劫にわたっても同じかもしれない。だが孤独になろうとも、正しい誰かのことを信じ抜ける人間ではありたいものだ。

【ストーリー】
記者のローラ・ブラックロックは、誰かが海に落ちたのを確かにその目で見た。だが、なぜ誰も信じようとしないのか? 大富豪たちとの船旅が進むなか、ローラは真相を追い始める。

【キャスト】
キーラ・ナイトレイ、ガイ・ピアース、ハンナ・ワディンガム、デヴィッド・アヤラ、アート・マリク、ググ・ンバータ=ロー、カヤ・スコデラーリオ、デヴィッド・モリッシー、ダニエル・イングス、ギッテ・ヴィット、クリストファー・ライ、ピッパ・ベネット=ワーナー、ジョン・マクミラン、ポール・ケイ、アマンダ・コリン、リーサ・ローヴェン・コングスリ 他

【スタッフ】
監督:サイモン・ストーン

 

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