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『インサイド』名もなき船長は、無人の高層ビルの屋上で人生の虚無に漂着する。

この映画は、つまり―
  • 生きるため……以前にその意味を問うサバイバル
  • 全編ウィレム・デフォーの一人芝居(一人相撲)
  • 卵が先か、鶏が先か

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◆配信中の注目作

『インサイド』
配信先:Netflix Apple TV

 

文:屋我 平一朗(日々メタルで精神統一を図る映画ブロガー)

時に、あらすじからは想像できない遥か彼方に連れて行ってくれる映画と出会う。本作『インサイド』のあらすじを読めば、その設定に興味を惹かれる方ならば「なるほど、ジャンルはソリッド・シチュエーション・スリラーなのだな」と思うだろう。まあ、おそらくそれは間違ってはいない。しかし実際に見てみると、思い描いていたのとはだいぶ乖離した展開に面食らうはずだ。

本作はまず、ウィレム・デフォー演じる美術品泥棒のネモが、仲間に誘導されあるペントハウスに独りで侵入するところから始まる。だが一番狙っていた絵画だけが見つからず、諦めて脱出しようとした瞬間、厳重な警備システムが作動して閉じ込められてしまうのだ。強化ガラスを割ることはできず、だからといって部屋の外に繋がるドアも開かない。仲間はあっさり彼を見捨て、コミュニケーションを取れる相手はいなくなった。エアコンは壊れ、室内で四季を再現し始める。部屋の主人はほとんどここを使っておらず、食料も水もほとんどない。マンションの人間は、哀れな侵入者に気づいてすらいない。ネモは誰に咎められることもないままに、罰として檻に入れられたのだ。

ここまでは、かろうじてソリッド・シチュエーション・スリラー的と言える。ギャグシーンを含むエンタメ要素もきちんとある。ところがそれは冒頭だけで、金銭的価値のみに目が眩んだアートを冒涜するネモの七転八倒の様子は、皮肉にもだんだんアート映画に近づいていく。スリラーらしい、観客にアドレナリンを分泌させるような分かりやすく面白い描写はせず、次第にこの生活が死ぬほど退屈な“日常”と化していくのを淡々と描くのだ。もちろんネモは脱出のアイディアを様々捻り出すが、この部屋はまるで最初から彼のような盗人を待ち構えていた非致死性のトラップ。幸いにも、我々観客ならばこの退屈さに身を委ねて目を閉じてしまえば部屋を出られる。しかしネモはそうもいかない。生きるだけなら何とか可能などこまでも意地悪な空間で、静かに狂っていく。

幼少期から絵に興味があったネモは、幻覚に苛まれながらSOSとも落書きとも芸術ともつかない絵やオブジェを次々に生み出す。元からアート的にスタイリッシュだったこの部屋の様相は、もはや彼のインスタレーションだ。そこに「自己表現したい」という通常アートに必要な動機はなく、むしろ彼の内側(インサイド)で膨らみ続ける感情の奔流に脳を破裂させられないように、必死に外側にブチまけ続けているようにも見えてくる。ロックバンドのTHE BACK HORNが楽曲「運命複雑骨折」で、「表現は所詮排泄だ」「それでも歌いたい 歌わなきゃ気が狂いそうさ」と歌っていたのを思い出す。生きているから芸術を生み出したがるのか。芸術を生み出さなければそもそも生きていけないのか……。

「ネモ(Nemo)」という名は、ラテン語で「誰でもない」を意味している。しかしそれは逆説的に、誰もがネモであることを示しているとも言える。そして、この“無人島”もまた、遥か彼方ではなくあなたのすぐ近くにあるのかもしれない。例えば、“内側”に。

【ストーリー】
高級マンションに盗みに入るも、警備システムの誤作動によって閉じ込められてしまった美術品泥棒。生き残りをかけた極限状態のなか、男の身に奇妙な変化が起き始め……。

【キャスト】
ウィレム・デフォー、ジーン・ベルヴォーツ、エリザ・スチュイック 他

【スタッフ】
監督:ヴァシリス・カツォーピス

 

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