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『アイアンクロー』守りたいものをきつく握り締める。握り潰してしまうまで。

この映画は、つまり―
  • 伝説のプロレス一家、フォン・エリック家の“呪われた”実話
  • 家族やプロレスが悪いのではない。神のシナリオが悪いのだ
  • ザック・エフロン新境地

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◆配信中の注目作

『アイアンクロー』(2023)

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文:屋我 平一朗(日々メタルで精神統一を図る映画ブロガー)

プロレスはヤラセである、とよく言われる。筆者は特にプロレスのファンではないが、そう聞いた経験が何度もある。確かに、その側面はあるのだろう。避けようと思えば避けられるはずの相手の大技をわざわざ受けてやったりするのだから。ある程度の試合の流れは事前に計算されている……が、どのような劇にだってシナリオがある。思うにプロレスは、スポーツでありながらショー的な一面も持っていて、観客が望む展開、時には予想もしていない展開となることで熱狂を生むシステムなのだ。ヤラセと言えばヤラセだが、技を受ければ大ケガもするわけで、少なくとも命・人生を賭けたヤラセであるのは間違いない。そして、人生にもまたシナリオがある。それを書き上げるのは神だ。天上の神か、もしくは父親という名の神が。

本作『アイアンクロー』で描かれるのは、プロレス界でその名を知らぬ者はいないフォン・エリック家の実話である。絶対の神として一家に君臨する父親のフリッツは、かつて存在したプロレス団体AWA(アメリカン・レスリング・アソシエーション)の世界ヘビー級王者だった。必殺技は破壊的な握力で相手の顔面を締め上げるアイアンクロー。引退後は自分の息子たちをプロレスのチャンピオンに育て上げるのを夢とし、日々厳しく指導にあたっていた。……ここまでなら、よくあるただのスポーツ一家のスパルタ特訓に聞こえるかもしれない。ところが、この一家はプロレスの強さと同じくらい、“呪われている”ということで有名だった。なぜなら、この6人の息子たち(映画では5人)は、ひとりを除いて若くして死亡しているからだ。

本作では次男のケビンが主人公となっていて、プロレスと家族を愛する朴訥な青年として描かれている。兄弟は、マイクパフォーマンスの上手い三男のデビッド、フリッツの願いで陸上選手からレスラーに転向させられる四男のケリー、音楽が好きなのにやはりフリッツに無理やりレスラーの道を歩まされる五男のマイクだ。彼らは、非常に非情でマッチョ思考な父親と違って本当の意味で愛し合っている。何せ、フリッツにとって一番の息子は彼らではないのだ。幼少期に事故で亡くなった長男ジャックがいるから、ではない。後から思えばそれすら呪いのようにも思えるが、フリッツにとって息子のように最も大事なのはプロレスなのだ。プロレスをしない息子になど、価値はない。人生における勝利も。

プロレス至上主義の神に人生を狂わされ、兄弟たちは滅んでいく。ケガによる痛みをクスリでごまかし、プロレス以外に何もない人生を選ばされる。本作がいわゆる毒親映画と少し異なるのは、家族自体を呪いと見なしてはいないからだろう。幼少期からフリッツによって競わされ続けてきたのだから、敵として憎み合うようになってもおかしくないのに、兄弟間には美しい家族愛がある(この親にしてなぜこの子らありなのだろう?)。現役時代はまだしも、引退後のフリッツのスタンスはレスラーとして失格だ。彼の描いたシナリオは、家族も、プロレスファンも、我々観客も、誰ひとりとして幸せにしないのだから。

ケビンを演じたザック・エフロンは、最近ではムキムキでイケイケなキャラクターを演じる機会が多かったが、本作でこれまで以上にムキムキになっているのにもかかわらずイメージを覆すような静かながらも力強い演技を披露している(『ハイスクール・ミュージカル』からずいぶん遠くへ来たものだ……)。ケビンの辿る道を見てみると、どんな絶望のシナリオにも一筋の光明はあるのだと感じさせられる。実際のケビンの息子たちもレスラーになったようで、ケビンにとってプロレス自体が悪でないのは興味深い。何にせよ、シナリオから逸脱しても観客に支持されるようなケビンのようなレスラーこそ、本物なのかもしれない。その手は握り潰すためにあるのではない。家族を優しく抱き締めるためにあるのだ。

【ストーリー】
1980年初頭、プロレス界に歴史を刻んだ“鉄の爪”フォン・エリック家。父フリッツは元AWA世界ヘビー級王者。そんな父親に育てられた息子の次男ケビン、三男デビッド、四男ケリー、五男マイクら兄弟は、父の教えに従いレスラーとしてデビュー、“プロレス界の頂点”を目指す。しかし、デビッドが日本での巡業中に急死する。さらにフォン・エリック家はここから悲劇に見舞われる。すでに幼い頃に長男ジャックJr.を亡くしており、いつしか「呪われた一家」と呼ばれるようになったその真実と、ケビンの数奇な運命とは――。

【キャスト】
ザック・エフロン、ジェレミー・アレン・ホワイト、ハリス・ディキンソン、スタンリー・シモンズ、モーラ・ティアニー、ホルト・マッキャラニー、リリー・ジェームズ 他

【スタッフ】
監督・脚本・製作:ショーン・ダーキン

 

 

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