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『ザ・キラー』“完璧”は時に人を退屈させる。しかし“完璧”に生きられる人間などいない。

この映画は、つまり―
  • あの『セブン』と同じ監督・脚本コンビだが…!?
  • サイコスリラーではなく、ブラックコメディ?
  • この殺し屋って、もしかしてあの人のこと?

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◆配信中の注目作

『ザ・キラー』(2023) 

Netflixで視聴する⇒こちら

文:屋我 平一朗(日々メタルで精神統一を図る映画ブロガー)

デヴィッド・フィンチャー作品は、映画ファンになったばかりの方の多くが通る道ではないだろうか。映画ファンか否かにかかわらず、日本で最も認知されている外国の映画監督はスティーヴン・スピルバーグだと思うが、映画ファンは彼やマーティン・スコセッシなどの巨匠に次いでクリストファー・ノーランを、そしてその次くらいにフィンチャーの名を覚えるのではないか。特に、受動的でいるとあまり見かけるチャンスのないダークな映画に興味が出てきた方にとっては。『セブン』や『ファイト・クラブ』、『ゾディアック』、『ドラゴン・タトゥーの女』、『ゴーン・ガール』あたりは、そのようなファンを大いに楽しませてくれる(くれた)はずだ。フィンチャーは、シリアルキラーを扱ったNetflixドラマ『マインドハンター』の製作総指揮・監督も務めており、「殺人者と言えばフィンチャー」というイメージを持つ者は少なくないだろう。

ところが、まさにこのイメージをタイトルに背負った新作『ザ・キラー』は、思いのほか困った映画だった。本作の脚本はアンドリュー・ケヴィン・ウォーカー。何を隠そう、彼は『セブン』の脚本家である。このコンビならば間違いはないと思ったあなたに言っておくと、本作は『セブン』や、上記作品などとは方向性が全く違う映画である。すでにネット上でも賛否両論が渦巻いている。

これまでのフィンチャー作品では、サイコな犯人を追いかける方が主人公だった。しかし、本作は(一見)サイコな犯人そのものが主人公で、彼の非日常的な日常に寄り添っている。そのため、ストーリーにも感情的な起伏があまりない。分かりやすいエンタメ要素や、カタルシスがないのだ。本作は6つの章と短いエピローグに分かれており、第1章ではマイケル・ファスベンダー演じる主人公の名もなき殺し屋が、ターゲットが訪れるのを待ちながらパリで完璧な準備をする数日間が描かれているのだが、その間は特に何も起こらない。空白を埋めるように、殺し屋の哲学的な独白が続く。はっきり言って、観客の半分はこの時点で置いていかれるだろう。何せ、本作はこのような独白で始まるのだーー「退屈に耐えられない者には、この仕事は向いていない」。

ファスベンダーの演技と所作により、この殺し屋が相当腕の立つ人物であろうと分かる。しかし、これまで完璧だったはずの彼は、何と劇中で描かれる最初の殺しをミスする。しかも、観客が「まさかこうはならないだろう」と予想した通りに(逃げ方は完璧)。そして、そのせいでパートナーが襲われ、復讐の旅に繰り出すのだ。もしかして、これはサイコスリラーではなく、真顔でボケるデッドパン・ブラックコメディなのか? 筆者は、『ファイト・クラブ』でブラッド・ピット演じるタイラー・ダーデンが映画館のフィルムに細工をした結果、観客席の子どもが泣き出す“キリングジョーク”に大笑いしたものだが、本作はそれよりずっと抑制されたボケに満ちている。完璧主義者っぽいのにドジばかり、サイコっぽいのに心の声は雄弁…。いつも「計画通りにやれ、感情移入するな…」とマイルールを繰り返し唱えているが、裏返せば、自分が完璧で冷徹な人間ではないことの証では?

この殺し屋のように、周りから完璧主義者と思われ続けてきた男がいる。デヴィッド・フィンチャーだ。彼は同じシーンを何十、何百テイクと撮り直すことで悪名高い。しかし、本人は2021年のMovieMakerのインタビューでこう答えている。「完璧主義とは主に怠惰な人々によって投げかけられる言葉だ。完璧にやろうとはしていない。(中略)遠回りは怖くない。僕は、人が何かを考え抜いた時、観客はうまく言葉にできなくてもその違いを感じるものと本当に信じているんだ」…。2002年に行われた町山智浩氏による『パニック・ルーム』のインタビューでも、フィンチャーは同様の回答をしている。つまり、フィンチャーにとっては無数の撮り直しも映画を良くするための単なる試行錯誤に過ぎないのだ。

ラース・フォン・トリアー監督は、『ハウス・ジャック・ビルト』で女性を殺しまくる主人公のシリアルキラーを自分に重ねた。そう考えると、映画監督として最初の仕事である『エイリアン3』の大失敗で即引退を考えたフィンチャーもまた…?どれだけ未来を予測しようとしても、定かなのは過去だけだ。非常にまどろっこしい最後の独白からは、フィンチャーも世間で言われるような鬼ではなく普通の人間なのだと感じられる…、いや、殺し屋が、か。

【ストーリー】
ある任務失敗により、雇い主を相手に戦うことになった暗殺者。世界中で追跡撃を繰り広げる彼は、それがかたき討ちであっても目的遂行に個人的な感情を持ち込まないよう自分自身と闘い続ける。

【キャスト】
マイケル・ファスベンダー、ティルダ・スウィントン、アーリス・ハワード、チャールズ・パーネル 他

【スタッフ】
監督:デヴィッド・フィンチャー
脚本:アンドリュー・ケヴィン・ウォーカー

 

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