MOVIE MARBIE

業界初、映画バイラルメディア登場!MOVIE MARBIE(ムービーマービー)は世界中の映画のネタが満載なメディアです。映画のネタをみんなでシェアして一日をハッピーにしちゃおう。

検索

閉じる

『TITANE/チタン』ボーダーレスにしてリミットレス。エクストリームなメイルシュトローム。

この映画は、つまり―
  • 去年のカンヌ国際映画祭で最高賞のパルム・ドールに輝いた“怪物”
  • デビッド・クローネンバーグ監督譲りの“痛い”ボディホラー描写
  • スピード無視の“ドライブ”と、そこからのクラッシュのような衝撃を受けること間違いなし!

記事を見る

◆配信中の注目作

『TITANE/チタン』(2022)

U-NEXTで視聴するこちら

 

文:屋我 平一朗(日々メタルで精神統一を図る映画ブロガー)

世界最高の賞にふさわしいのはどのような映画だろう。本作の監督ジュリア・デュクルノーは、去年パルム・ドールを受賞した際に本作を“怪物”と表現した。5年前にはギレルモ・デル・トロ監督が、怪物が登場する異形の作品『シェイプ・オブ・ウォーター』でベネチア国際映画祭最高賞の金獅子賞に輝いた。フランケンシュタインの怪物は民衆から迫害されたが、今や世界は怪物の誕生を祝福するまでになった。ところが、金切り声を上げながら産まれた本作『TITANE』は、フランケンシュタインの怪物などよりよっぽど巨大だった。原子番号22のチタンが、ギリシア神話の巨人神ティーターンの名にちなむように。

主人公のアレクシアは、幼少期の自動車事故のせいで頭にチタンプレートを入れられている。その後は車に欲情し、人を殺すことをいとわない人間になってしまう。そして逮捕されないよう、老人ヴァンサンの行方不明の息子になりすます…というのがあらすじである。意味不明だ。もはやあらすじの体を成していない。アレクシアにも全く共感の余地はない。だが、本作は有無を言わさず観客を渦潮のように物語に巻き込んでいく。共感はできずとも、“共に感じる”ことを強いるためだ。何を感じるのか。それは「痛み」だ。

デュクルノーは、ボディホラーの帝王デビッド・クローネンバーグ監督の影響を強く受けている。ボディホラーとは肉体の変容、言い換えれば怪物的になる外見と、それによって怪物化する心を恐怖の対象として描くホラーだ。心は“シェイプ・オブ・ウォーター(水の形)”のごとく流動的だが、水は器によって形を変える。…クローネンバーグは自動車事故に性的興奮を覚える人々を描いた『クラッシュ』という作品を撮っており、本作のアレクシアはそれを彷彿とさせるキャラクター造形だ。アレクシアは車と交わり妊娠するが、そうすると体液は黒いオイルになり、皮膚の下からは金属が覗く体になってしまう。変わりゆく肉体に恐怖したアレクシアは、実に痛そうな方法で自分の体を傷つける。痛覚、その一点でのみ彼女と観客は繋がる。

人間の女性とも愛し合ったかと思えば突然殺し始めるし、アレクシアは完全に怪物になってしまったように見える。しかし、デュクルノーは愛をエクストリームな方法で描いてきた。前作『RAW 少女のめざめ』はカニバリズム・ホラーなのだが、「食べちゃいたいほど好き」という感情をそのまま表現したような作品だったのだ。本作の中で、物事に境界線はない。人と車も、血と油も、男と女も、家族も他人も、愛すも殺すも、大した違いがない。描写にも歯止めがきいていない。ジェンダーレスなんて言葉ではまだ足りない。ボーダーレスでリミットレスだ。

「ドライブ(drive)」には「衝動・欲動」の意味もある。本作は、欲望のままに突っ走ってそのままクラッシュしたような衝撃を秘めており、マイルドな映画に慣れて錆びついた心を研ぎ澄ましてくれる。アレクシアのように、軋み合い、擦れ合って散ったその火花でしか温められない体もあるのかもしれない。ちなみに、パルム・ドールの「パルム」とはパーム、つまりヤシ(正確にはナツメヤシ)を指す。アブラヤシから採れるパーム油は焼夷弾であるナパーム弾の材料になる。ナパーム弾は1300℃もの高温で全てを焼き尽くすが、融点1600℃超のチタンは溶かすことさえできない。本作は「パルム・ドール受賞作」の一語では語り尽くせない。世界最高を表す称号まで飲み込んで、いつまでも鈍く光り続けるだろう。

【ストーリー】
幼い頃、交通事故により頭蓋骨にチタンプレートが埋め込まれたアレクシア。彼女はそれ以来<車>に対し異常な執着心を抱き、危険な衝動に駆られるようになる。自らの犯した罪により行き場を失った彼女はある日、消防士のヴァンサンと出会う。10年前に息子が行方不明となり、今は孤独に生きる彼に引き取られ、ふたりは奇妙な共同生活を始める。だが、彼女は自らの体にある重大な秘密を抱えていた──

【キャスト】
ヴァンサン・ランドン、アガト・ルセル 他

【スタッフ】
監督:ジュリア・デュクルノー

公式サイト:https://gaga.ne.jp/titane/

 

バックナンバー