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『JOIKA 美と狂気のバレリーナ』世界一のバレリーナになるために必要なのは“腕”じゃない。

◆今週公開の注目作

『JOIKA 美と狂気のバレリーナ』

 

文:屋我平一朗(日々メタルで精神統一を図る映画ブロガー)

世界最古にして世界最高峰と言われるバレエ団。それがロシアのボリショイ・バレエだ。毎年何千人もがオーディションを受けるも、合格するのはほんの一握り。いや、片手の指の本数で十分足りる数かもしれない。コール・ド・バレエ(群舞のダンサー)ならまだしも、ソロの出番があるソリスト、そしてバレエ団のトップダンサーであるプリンシパルになるともなれば、その道に立ち塞がるのは「狭き門」などという言葉ではとても表せられない。同じ夢を持ちつつも夢に破れたライバルたちが折り累(かさ)なって作られたグロテスクなピラミッド。大勢の屍を踏みつけて上り詰めた頂上からしか、夢見た景色は拝めない。だからこそ、バレエを描いた映画には必然的にあるジャンルの要素が入り込む。そう、“サイコ”スリラーだ。

本作『JOIKA 美と狂気のバレリーナ』は、実在のアメリカ人バレリーナであるジョイ・ウーマックの実話を基にした伝記映画となっている。彼女はアメリカ人女性として初の、ボリショイ・バレエ・アカデミー(モスクワ・バレエ・アカデミー)のトレーニングプログラムのディプロマ(卒業証書)を取得し、ボリショイ・バレエとソリスト契約を結んだバレリーナだ。とは言え、実際の彼女はまだ30代前半。つまりは、ボリショイ・バレエでのアメリカ人バレリーナによる活躍は、ボリショイ・バレエの200年以上の歴史の中でそれまでただの一度もなかったということ。それ自体がスキルの問題以上に大きな障壁であり、ジョイが持っていたのはつい最近まで不可能と思われていた望み薄の夢だったのだ。映画は、夢見る少女の目をした10代のジョイがアカデミーに入るところから始まる。

ジョイがこの後に辿る道筋をネタバレしてしまったのだから、鑑賞してもどうせそれほどの衝撃は受けないと高を括っているだろうか? それは大間違いだ。バレエの表面上の美しさに隠れた禍々しさには絶句する他ない。まずバレエに必要なのは、トウシューズを叩き潰すこと。履き潰す、ではない。新品の靴を打ち付け、焼いて壊し、自分の足に合うようにするのだ。この哀れなトウシューズは、新人バレリーナの象徴とも言える。聞くところによると、“上手く”壊したトウシューズはむしろ寿命が伸びるらしい。郷に入っては郷に従え、だ。時には爪が割れ、白い肌に浮かぶ青い血管から流れ出る赤い血が溜まった靴こそ、夢見る無名のシンデレラにフィットする“ガラスの靴”なのだ……いや、爪先や踵を切り落としてまで靴を履こうとしたのは意地悪な姉妹の方ではなかったか?

そう、ボリショイ・バレエにおいて、バレリーナたちは踊りの“腕”で役を得るのではない。腕でなく足……なんて言葉遊びでもない。足はむしろ引っ張る対象だ。最も優れた者が頂点に立つなど、ここでは甘い幻想に過ぎない。また実際のボリショイ・バレエのスキャンダルを振り返ると早いが、所属していたバレリーナによってパトロンからの性的搾取があったと告発がなされたり、キャスティングに対する不満からダンサーが芸術監督に硫酸をかけた事件まで起こったりしている。「健全な精神は健全な肉体に宿る」というが、通常人間が行わない動きばかりを極めた、狂気的な肉体に宿る精神とは何なのか。ロシア風に「ジョイカ」と呼ばれるジョイは、次第に自身の名が示す「喜び」、人間性を失っていく。なぜなら、彼女は人間ではなく、芸術そのものになろうとしているからだ。同じバレエ映画である『ブラック・スワン』だけでなく、『セッション』にも非常に近しい作品と言える。ジョイにとって教師のヴォルコワは、畏怖すべき“父”であるフレッチャー先生にも負けない“母”となる。

ダンス経験のある主演のタリア・ライダーと、ジョイ本人によって演じられる踊りからは目が離せない。ジョイが自分に鞭打ち、ヴォルコワからも鞭打たれ、元の自分からはかけ離れた姿形になってなお叶えたい夢に邁進する様は、はっきり言って凡人には異常に映る。ある意味、欲望のままに生きている、と表現しても間違いではないだろう。ところが、その狂気の煌めきに人々は魅了されてしまう。だからこそ、芸術は悪魔的で罪深い。ダイヤモンドは、想像を絶する熱と圧力(プレッシャー)によって生まれるものなのだ。……あまりにも圧力が高すぎた場合、その透明度は失われてしまうのだが……。

【ストーリー】
15歳のアメリカ人バレリーナ、ジョイ・ウーマックの夢はボリショイ・バレエ団のプリマ・バレリーナになること。単身ロシアに渡りアカデミーの練習生となったジョイを待ち構えていたのは、常人には理解できない完璧さを求める伝説的な教師ヴォルコワの脅迫的なレッスンだった。過激な減量やトレーニング、日々浴びせられる罵詈雑言、ライバル同士の蹴落とし合い。ボリショイが求める完璧なプリマを目指すため、ジョイの行動はエスカレートしていく……!

【キャスト】
タリア・ライダー、ダイアン・クルーガー、オレグ・イヴェンコ 他

【スタッフ】
監督・脚本:ジェームズ・ネイピア・ロバートソン

公式サイト:https://joika-movie.jp/

 

 

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