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『ベイビーガール』人生の全てを味わい尽くしたい?……屈辱の味さえも?

この映画は、つまり―
  • 人を選ぶ映画だからこそ、選ばれることに価値がある
  • 自分の不幸(?)も蜜の味
  • 分からない方が良い。分かったらおしまい!

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◆配信中の注目作

『ベイビーガール』

配信先:Prime Video

 

文:屋我 平一朗(日々メタルで精神統一を図る映画ブロガー)

誰もが何かしらの欲望を抱いている。少なくとも、三大欲求のいずれも持たない者はいない(直接生死に関係しない性欲だけはその限りでない)。しかし、欲望を描いた映画は決して万人受けはしないだろうという確信がある。すでに欲望というものは極彩色に細分化されており、少しでも濃淡がずれると好みから外れる可能性があるからだ。本作『ベイビーガール』も、正直言って筆者には「そういうものか」と一応の理解はできても、我が事として共感はできない……少なくとも、今は。恐らく、多くの方もそうだろう。だが、一部の方の心には深く突き刺さるかもしれない。このような、ある種受け入れがたい尖った映画は、誰にでも“それなりに”受け入れられる心地良い丸みを帯びた映画より価値があると言える……かは分からないが、確実に希少ではある。

本作は冒頭からいきなり、大会社のCEOである主人公ロミー(ニコール・キッドマン)と、夫のジェイコブ(アントニオ・バンデラス)のラブシーンから始まる。実際にはアラ還であるふたりが演じているので、長年連れ添い今でも愛し合っている幸せな夫婦のように見えるが、少なくとも欲望の面ではロミーが満たされていないことがすぐに判明する。ジェイコブには満足げな顔を見せながら、ロミーは隠れてポルノを見始めるのだ。かつてのセクシースターであるバンデラスがこのような役なのもショッキングだが、対照的にキッドマンは現在もセクシーであると描かれている。大女優になっても体当たりの演技を恐れない姿には、最近では『サブスタンス』のデミ・ムーアも思い出されるが、女優としての立ち位置的にはフランスのイザベル・ユペール(様)などが近い気もする。

満たされないロミーの渇きに呼ばれるように現れるのが、瑞々しい存在感のインターン生サミュエル(ハリス・ディキンソン)だ。猛犬をも簡単に手懐ける彼はロミーの欲望に気づき、圧倒的に社会的立場の強い彼女を“雌犬”として服従させてしまう。行為中はそれでも良いが、冷静に考えれば一瞬でキャリアや人生が崩れかねない崖っぷちにロミーは立たされてしまった。男女の関係はパワーゲームだが、従来よく描かれてきた構図とは真逆になっている。コンプライアンス重視の今の世の中では、立場が弱い者の方が有利になることもあるのがねじれていて面白い(もちろん、実際には強い者が弱い者を黙らせているケースがずっと多いのだろう)。中年のおじさんの“赤ちゃんプレイ”の話があるように、皆どこかしら「積み上げたものぶっ壊して身に着けたもの取っ払って」みたくなる全力少年的な、自己破壊的な欲望を持っているものなのか。

冒頭で流される本作のテーマ曲を聴いて、何となしに筆者は別の曲を思い出した。ソ連の作曲家ショスタコーヴィチの「ワルツ第2番」だ。この曲が使われている有名な映画に『アイズ ワイド シャット』がある。これも夫婦の満たされない性生活を描いた映画で、トム・クルーズと、キッドマンが主演ではないか! きっと無関係ではないだろう。ロミーはともかく、サミュエルは何を考えているのか本当に読めないのに他人と仲良くなるのが上手く、超人的な存在にも思えてくる。不倫で欲望を解放、いやむしろ首輪をつけられてしまったロミーに活路はあるのだろうか? 最後まで見ると一概にスリラーとも言えない不思議な映画だったが、やはりロミーの気持ちは分からない。というか、人生ピンチになるのだから分からない方が良いに決まっている。それにしても、本来なら嫌なことさえ楽しんでしまえる人間という動物は、随分と歪に進化したものだ。「ホラー好きがそれを言うな」? ぐうの音も出ない。

【ストーリー】
NYでCEOとして、大成功を収めるロミー。舞台演出家の優しい夫ジェイコブと子供たちと、誰もが憧れる暮らしを送っていた。ある時、ロミーは一人のインターンから目が離せなくなる。彼の名はサミュエル、ロミーの中に眠る欲望を見抜き、きわどい挑発を仕掛けてくるのだ。行き過ぎた駆け引きをやめさせるためにサミュエルに会いに行くが、逆に主導権を握られてしまい…。

【キャスト】
ニコール・キッドマン、ハリス・ディキンソン、ソフィー・ワイルド、アントニオ・バンデラス、エスター・マクレガー、ヴォーン・ライリー 他

【スタッフ】
監督・脚本・製作:ハリナ・ライン
製作会社:A24

 

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