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『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』観客の期待に安易に応えない天邪鬼。それこそが……。

◆今週公開の注目作

『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』

文:屋我平一朗(日々メタルで精神統一を図る映画ブロガー)

 

映画には大きな影響力がある。クールなヒーロー映画を見れば英雄らしく振る舞いたくなり、恐ろしいホラー映画を見れば暗闇の中を歩けなくなる。映画とは、映像、ストーリー、演技、音楽など様々な要素によって観客の感情を上手くコントロールし、監督の術中にはめる罪深い娯楽なのだ。人間の生理に働きかけ思考を変化させるその手法は、過激な言い方をすれば、軽い洗脳。これまでにも、社会的に危険な影響を及ぼした映画は実際に存在する。殺人犯の弁護の際、よく「“この世”が仮想現実だと思い込んで実行した」と心神喪失・耗弱の言い訳に使われる『マトリックス』がそうなのかは置いておいても、『タクシードライバー』は本当に犯罪者を生み出してしまった。劇中のジョディ・フォスターに惚れ込んだ男がストーカー化し、挙げ句には彼女を振り向かせるため当時のロナルド・レーガン大統領を暗殺しようとしたのだ。結果的には暗殺は未遂に終わった。撃たれたレーガンが生き延びたために。

そして、本作『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』と前作『ジョーカー』で主人公となっているバットマンの宿敵、ジョーカーというキャラクターもまた、これまで現実の多くの人間を狂わせてきた。2012年にアメリカ・コロラド州で起きたオーロラ銃乱射事件の犯人は自らをジョーカーと名乗ったという。さらに、この日本でも同様の事件が起きてしまった。2021年の京王線刺傷事件がそれだ。そのため、前作の公開時には、ホアキン・フェニックスのジョーカーが社会にもたらす影響への懸念もかなり高まっていた。前作は実際に『タクシードライバー』をはじめとするマーティン・スコセッシ監督の諸作品の影響下にあり、その懸念は非常に理に適ったものだった言えるだろう。

現実の犯罪者たちは別にして、少なくとも前作のジョーカー、もといアーサー・フレックに同情の余地があるのは確かだった。認知症の母を介護しつつコメディアンを目指して奮闘するも、勝手に笑い出してしまう持病に苦しみ、友人も恋人もおらず、見知らぬ他人にバカにされ、憧れの司会者にもやはりバカにされたアーサー。彼は人を笑わせたのではない。人に笑われたのだ。最終的には唯一の味方であったはずの母にも裏切られ、社会への復讐心の塊であるジョーカーとして覚醒し、似た境遇の者たちの暗い偶像となった。その後ジョーカーは逮捕され、アーカム州立病院に収監され、物語は幕を閉じた……はずだった。筆者含め、多くの方が続編はないと思っていたことだろう。作る必要性すらないと。だが、先日紹介した『プラットフォーム2』と同じだ。『フォリ・ア・ドゥ』は前作を相対化するための続編なのだ。

今回ジョーカーはアーカムで、レディー・ガガ演じるハーレイ・クインの名でおなじみのハーリーン・クインゼル(劇中ではリーと呼ばれている)と出会う。ハーレイ・クインの基本設定は、「ジョーカーを担当する精神科医でありながら彼に惚れてしまいヴィラン化してしまう女性」だが、本作では共に患者同士の身分で恋に落ちる。すると何と、前作からは全く思いも寄らない、2人が歌い踊るミュージカルとなるのだ! 狂気的な2人だけの世界。これは、ある人物の妄想が別の人物に“感染”した病的な精神状態を指すタイトルの「フォリ・ア・ドゥ(2人狂い)」にも表れている。ミュージカルと、ジョーカーが裁判で裁かれる法定ものの要素を組み合わせているという意味では、『シカゴ』的な作品になっているとも言える(『ダークナイト』3部作においてゴッサムのモデルになったのもシカゴ)。

ジョーカーの偶像を解体しようとする本作は、特に前作に入れ込んだ方の神経を逆なですることだろう。だがそもそもジョーカーはヴィラン。弱い者の味方ではないし、このジョーカーはこれまでで最も人間的に描かれてきたではないか。バットマン映画で初めてのジョーカーである“ジャック”・ネイピアを演じた“ジャック”・ニコルソン、今や伝説的な『ダークナイト』のヒース・レジャー、不憫な扱いをされがちな『スーサイド・スクワッド』のジャレッド・レトのジョーカーイメージをぶっ壊し、自らの人生を支配し破壊した母という名の“クイーン”を殺し、憧れの“キング”・オブ・コメディ、司会者のフランクリンを殺したホアキン・フェニックスの“ジョーカー”。トランプゲーム「大富豪(ここでは「大貧民」と呼ぶべきか?)」では常にジョーカーが最強で2が次点だが、「2人」なら? はっきり言って賛否両論どころか酷評優勢な本作だが、その問いの答えを他人に求めてはいけない。渾身のジョークは、コメディアン本人から聞かなければ。

【ストーリー】
「生まれて初めて、俺は1人じゃないと思った」。理不尽な世の中の代弁者として時代の寵児となったジョーカー。彼の前に突然現れた謎の女リーとともに、狂乱が世界に伝播していく。孤独で心優しかった男の暴走の行方とは? 誰もが一夜にして祭り上げられるこの世界――。彼は悪のカリスマなのか、ただの人間なのか?

【キャスト】
ホアキン・フェニックス、レディー・ガガ、キャサリン・キーナー、ブレンダン・グリーソン、ザジー・ビーツ、ハリー・ローティー、スティーヴ・クーガン 他

【スタッフ】
監督:トッド・フィリップス
脚本:スコット・シルヴァー、トッド・フィリップス

 

 

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