映画『人生クライマー 山野井泰史と垂直の世界 完全版』武石浩明監督インタビュー「超人とか世界最強みたいに言われますけど、僕が思う山野井さんはそんな単純なものではない…」
『人生クライマー 山野井泰史と垂直の世界 完全版』
武石浩明監督インタビュー
今年 3 月に開催された「TBSドキュメンタリー映画祭 2022」でクローズド作品として上映された『人生クライマー 山野井泰史と垂直の世界』が、さらに 9 分の新規カットを追加した《完全版》となって、11 月 25 日(金)より公開となる。本作は、世界の巨壁に《単独・無酸素・未踏ルート》で挑み続けた、極限のクライマー・山野井泰史の足跡を、貴重な未公開ソロ登攀映像や生涯のパートナーである妻・妙子への取材、関係者の証言などとともに振り返る《渾身》のドキュメンタリー。
今回ムービーマービーでは本作の監督を務めた武石浩明氏にインタビューを実施。製作の裏側や、山野井さんとの思い出など、色々なお話を伺うことが出来ました!
取材・文:編集部 ウメ氏(スチールブック愛好家)
—本日はよろしくお願いします!『人生クライマー』を拝見して究極の登山の世界に触れさせていただきましたが、本当に衝撃の連続で…。こういう表現をしたら怒られるかもしれませんが、山野井さんの登山に対する姿勢がスゴ過ぎて、もうちょっと狂ってるというか。こんなことを実際にやっている人がいるのかと驚愕でした。
武石監督:ありがとうございます。狂ってると言われると嬉しくなりますね(笑)山野井さんってその界隈では超人とか、世界最強みたいに言われるんですけど、僕が思う山野井さんというのは、意外とそんな単純なものではなくて、挫折と栄光を何度も繰り返しながら這い上がってくる男という感じなんですよ。
—映画を見る前は、専門知識が必要なのかなと身構えていたんですが、全く問題なくどんどん引き込まれていきました。
武石監督:やっぱり登山を全く知らない人も面白いと感じれて、よく知ってるという人も面白いと思うラインがどこなのか、どちらかに偏り過ぎてはいけないので、そこはかなり考えましたね。
—本作は26年前のヒマラヤ挑戦の映像から始まり、現在の山野井さんに密着していますが、撮影した膨大な量の素材の中から、どう編集していくか方向性は最初から決めていたんですか?
武石監督: 26年前の私のテーマは、山野井さんが世界で一番難しい壁、ヒマラヤ・マカルー西壁を単独無酸素で登るという、まさに狂ったスタイルで挑戦するというものでした。もしこれが2番目の山だったら取材に行ってなかったと思います。突き抜けていたからこそすごい。その時は失敗に終わった訳だけど、彼の人生を俯瞰で見たとき、そこに当てはめてみたら、あれはただの失敗ではなくて、そこから何かが浮き上がるんじゃないかと思ったんです。26年前の出来事をメインにしながら、彼の長い人生をどう描けるのか。複雑な構成になるし、とても109分になんか収められる訳ないんですけどね。私なりの価値感で、それをどうしたら面白く、しかも飽きさせずに、観終わったとき「良かったな」と言わせるにはどうしたらいいかっていうのを考えながら編集しました。
山野井さんって、基本的に何でも撮らせてくれるわけじゃないんですよ。長くいろいろ話しをしながら「じゃあ、今回はこれいいよ」と言われてから撮りはじめたり。インタビューもやっぱり同じことを2度も3度も聞くと、本音が引き出せなくなるので、これを聞くのはもう最後にしようとか。このときだけにしようとか。映画の最後の方でソロクライミングについて、自分がやってきたことを回想するシーンがありますが、ああいうのは一回しか聞けないですから。本当にそこはもう真剣勝負でどう言葉を引き出せるかみたいな。彼の言葉は強くて素晴らしいんだけど、それどのタイミングで聞いて、どういう風に構成するかというのは悩ましいところでしたね。
—映画の中では、山野井さんの迫力ある登山シーンが何度も出てきますが、あの映像は監督自らカメラを回しているんですか?
武石監督:僕が回してるのもあれば、TBSから連れて行ったカメラマンの映像もあります。あとは登山家を一人連れて行ってカメラチームに入れて回してるのもあります。最近の映像の7~8割は僕が一人で回してますね。大きいカメラを連れて行った時もありますけど、できるだけ自然な姿を撮りたいので、なるべく一人で回すことが多かったです。
—山野井さんは武石監督の密着取材しか受けないそうですが、その理由って何なのでしょうか?
武石監督:実際そこまでではないんですけどね(笑)やはり共通言語をちゃんと持っていて、彼の考えていること、登山のことを全部分かっているから、っていうのもあると思います。普通の人だと専門知識をパッと理解できないじゃないですか。なので山野井さんも取材先はものすごく慎重に選ばれてますね。大抵断ってますけど(笑)
—武石監督自身が登山家というところが大きいんでしょうね。
武石監督:登山家と言われるほどでもないですが、今でも山登りは続けてますし、ヒマラヤにも5回行ったことがあります。
—5回も!それはすごいですね! 26年前の密着で訪れたヒマラヤ・マカルー西壁ですが、その時の印象はどうでしたか?素人が見てもとんでもない場所だということは一発で分かります。
武石監督:それはもう僕には到底登れるものではないですよ。私が出来ない世界、私が出来ないことをやる人だからこそ、憧れもあって取材したいと思ったんですよね。登山家と称する人は色々いますけど、実際は僕の方がすごいんじゃないかなっていう人は結構いるんですよ(笑)だけど、山野井さんにはとても敵わないし、本当にリスペクトしてます。
—ご自分でも単独登頂に挑戦したいと思ったことはありますか?
武石監督:いやいや、あまりにリスクが高すぎます。なぜ山野井さんが単独登頂のような事が出来るのかというと、彼がフルタイムクライマーだからなんですよ。他のことは全くやってませんから。登山で生きている人って、それこそ山ほどいるんですけど、大抵が登山のガイドをやったり、登山用具店で働いたりしていますが、山野井さんは登山しかしていないですから。そういう生き方って普通出来ないですよ。だからこそ挑戦し続けられるわけです。
—そもそもの姿勢が違い過ぎますね。ちなみに、山野井さんを支援するスポンサーは付いてないんですか?
武石監督:アドバイザーみたいなことをして微々たるものは貰っていますけど、基本的にそういうスポンサーがいて、ワッペンを付けたりとかは一切ないです。道具の提供などはありますけどね。何故そういうことをするかというと、例えばお金をもらうと、自分が生きるか死ぬかのときに判断が揺らぐじゃないですか。折角お金を貰っているから、もうちょっと頑張らなきゃいけないかなっていう心が少しでも芽生えたら、命の危険に晒されるかもしれない。ストイックというか、自分の命を守るためのことなんですよ。
—山野井さんって山以外の趣味とかあるんですか?
武石監督:釣りとか大好きですよ。
–釣りですか!映画の中でも奥さんと海釣りをするシーンがありましたね。けっこうな大物を釣り上げていました。あの日常シーン大好きなんですよ!ハードな登山シーンが続く中での憩いの場面というか。ほのぼのします。
武石監督:今回、映画には入らなかったんですけど、釣りの餌が面白いんですよ。コマセ(魚を集めるために撒いたりするエサのこと)に使う、ふにゃふにゃの小さいエビがあるじゃないですか。30円くらいで売ってるやつ。自分もやってみたけど、すぐ落ちちゃうんですよ。だから30円のじゃなくて、60円のエサ買ったらいいじゃないですかって言ったら、「60円払ったらイワシが1匹買える」と(笑)。お金を掛けるもんじゃないんだって言うんですよ。でも何故か釣れるんですよ。奥多摩に住んでるときは渓流釣りをずっとやってたみたいです。やっぱり自然が大好きなんですよね。
—奥様の妙子さんがご自宅でやられてる家庭菜園とか、もはや素人レベルじゃないですよね。完全に自給自足してるように見えました。あと料理がすごく美味しそうでした!
武石監督:奥さんはすごい人なんですよ。蒟蒻とか自分で蒟蒻芋から作っちゃうような人なんですよ。映画で出てくる餃子も中身のタネだけじゃなく、皮から作っちゃいますから。普通、餃子の皮から作る人いないですよ(笑)
—-そういったご夫婦のほのぼのシーンがある一方で、映画には山野井さんの登山家仲間が出てきて、楽しそうに談笑したりしてる場面がありますが、そのシーンの終わりにテロップが出て・・・
武石監督:皆さん、亡くなられていますね。
—一気に引き戻されるというか。これが山野井さんたちが生きている世界なんだと突きつけられます。帰らない人たちがいる一方で、山野井さんが生還し続けられる理由ってどこにあると思いますか?奥さんの存在もすごく大きいと思いますが、そこに本作『人生クライマー』という映画のテーマがあるのだと感じました。
武石監督:「帰るところがある」と山野井さんも言ってましたね。実際それもあると思います。あと、厳しい登山の世界に入ってから40年やってきている訳ですから、その中でも色んなトライ&エラーを何度も繰り返して、何度も大怪我もして異常なまでに慎重になっていますね。例えば、ビレイ(安全確保のこと)をして、体重をかけて確かめるシーンがありますが、普通はあんなに確かめないだろってくらいやったりとか。1個のミスが本当に死に繋がるってのは、もう身に染みて経験しているんじゃないですかね。
—凍傷で手足の指を10本も失くされてますよね。あんな状態になっても平然として登ることを辞めないんですよね。本当にクレイジーな方だと思いました。
武石監督:すごいですよ。指が無い事を別に何とも思ってないところがまたすごい。それを受け入れてどう前向きに生きていくかとか、そんな自分に今何ができるのかを考えて、自分の限界をその時々で考えて挑戦してる。毎回いろんなテーマを自分で「今年はこれやる」って決めて、そのために毎回ひたすらトレーニングして挑むっていうのを40年間ずーっとやってるんです。
—劇中でもう最前線からは身を引くと言いながらも、家の中に秘密のトレーニングルームを作って訓練を続けてましたね。
武石監督:あれはフリークライミングの世界なんで危険は薄いんですが、彼は今も危険なソロクライミングを死ぬまでにもう一回やりたいと言ってますよ。サッカーの三浦知良さんだって、55歳ですけど、まだまだ現役でやっているじゃないですか。やっぱり、ああいった止められない人たちはいますよね。
—生涯現役でい続けたいということですね
武石監督:トレイルランニングの世界だと、鏑木毅さんも54歳ですけど世界大会に出てたりしています。山野井さんもやっぱり形が違えどアスリートの一人なので、とにかくずっと限界まで頑張りたいタイプなんですよ。ただ一つ違うのは、他のスポーツは死なないけど、このスポーツは死ぬんです。
—やはりそこに尽きますよね。武石監督は同行してる最中で命の危険を感じたときはありましたか?。
武石監督:そういう場面は幸いありませんでしたね。山野井さんって、他人と登るときは安全にものスゴい気を配るんですよ。だから、何かちょっと油断してハーネスが緩んでたりすると、「これちゃんとやってないでしょ!」と言われます。指摘されていた人が見られているから怖いって言ってましたよ。山野井さんが本当にすごいのは、一緒に登った人が誰も死んでないという事なんです。ヒマラヤを登っている人たちで、チームメイトが死んでしまうことって結構あるんです。でも山野井さんはそういうのないですから。
—生還することが何よりも大事で最優先であるということですよね。26年前にマカルーに挑戦したときも妙子さんの話しを聞いて無理に登りませんでしたね。
武石監督:ただ、実は奥さんの妙子さんの方が恐怖とか感じない人なんですよ。前に山野井さんが「妙子は俺と知り合ってなかったらとうの昔に死んでるよな」って言ってましたよ。断崖絶壁でロープが半分切れてたときだけは怖かったけど、他はあまり怖いと思ったことないって妙子さんも話してましたよ。
—ご夫婦でゾッとする事を笑顔でサラっと言いますね。あの感覚も常人離れしている。
武石監督:普通笑いながらする話じゃないですよね。
—最後にちょっと本作から逸れてしまうんですが、『人生クライマー』はドキュメンタリー映画ですが、“山岳系の劇映画”は普段ご覧になられてますか?例えばシルベスター・スタローンの『クリフハンガー』など超大作で登山が描かれる作品も多いと思います。ああいったエンタメ登山映画は本当の山を知っている武石監督から見てどう感じていますか?。
武石監督:だいたい観てますよ。それはもうツッコミどころ満載で笑いながら観ています(笑)ただ、やはりリアリティーを追求した作品が好きですね。エンタメ映画の山岳系だったら、『エベレスト3D』(米2015)が一番ですよ。あれは度肝を抜かれましたね。3Dで背景の映像も全部リアルでしたから。キャストもいいし、ストーリーもいいし、あれが一番面白いですよ。
—ちなみに山岳系ドキュメンタリー映画でおススメ作品はありますか?最近のだと『MERU メルー』とか『フリーソロ』などが劇場公開されてますね。
武石監督:山岳関連のドキュメンタリーもいろいろあって全部観ているんですけど、最近はノーナレーションで音楽をジャンジャンかけて、カットもパンパン割るものが多いじゃないですか。それはそれでいいんだけど、何かグーッと心が入っていかない。でも『MERU/メルー』(2015)は良かったですね。最近の山岳ドキュメンタリーの中では一番良いですよ。コンラッド・アンカー、ジミー・チン、レナン・オズタークの三様の登山家の人生が織り交ざって、それが解き明かされていくのが面白かったですね。
—ありがとうございます!良いお話が聞けました!
映画『人生クライマー 山野井泰史と垂直の世界 完全版』は全国で公開中。
武石浩明 監督
1967年4月19日生まれ。千葉県出身。91年、TBS入社。報道局社会部で警視庁記者クラブ、司法記者クラブキャップ、デスク、社会部長を歴任。夕方のニュース番組では「ニュースの森」特集担当ディレクター、「イブニングファイブ」デスク、「Nスタ」チーフプロデューサー、朝の情報番組「モーニング Eye」ディレクター、「みのもんたの朝スバッ!」チーフプロデューサー、特別番組「報道の日2021」総合プロデューサーなどを担当。第1回TBSドキュメンタリー映画祭で「GReeeeN 初告白~東日本大震災から5年 HIDEが語ったこと~」を初監督。TBSテレビ報道局次長、解説・専門記者室長を経て、現在は出向先の富山のTBS系テレビ局チューリップテレビの報道制作局専任局長。登山では、中国のチョモロンゾ7816mを未踏ルートから初登頂などヒマラヤ登山を複数経験。母校の立教大学山岳部監督も務めている。趣味はトレイルラン、野菜作りなど。
「人生クライマー」公開記念舞台挨拶情報
・12月3日(土)
会場:J MAX THEATER とやま
時間:14時00分の回(上映後)
ゲスト:武石浩明[監督] 、東条叙宏さん[富山ランニングクラブ代表]、稲崎謙一郎さん[Club MSR トランスジャパンアルプスレース2022選手]、野嶽千春さん[SALLYS RUNNING CLUB トレイルランナー]
・12月4日(日)
会場:福岡KBCシネマ
時間:12時50分の回(上映後)
ゲスト:武石浩明[監督]
・12月10日(土)
会場:札幌シアターキノ
時間:9時30分の回(上映後)
ゲスト:武石浩明[監督]
★詳しくはこちらをご覧ください
https://note.com/tbs_docs/n/n8e913c98c4ab
【ストーリー】
「誰も成し遂げていないクライミングを成功させて、生きて還る」世界の巨壁に単独で挑み続けてきたクライマー・山野井泰史。彼は2021年、登山界最高の栄誉、ピオレドール生涯功労賞を受賞した。しかし、山野井の挑戦は終わらない。伊豆半島にある未踏の岩壁に新たなルートを引こうとしていた。そして再びヒマラヤにも…。“垂直の世界”に魅せられた男の激しい生き様とは?貴重な未公開ソロ登攀映像とともに振り返り、山野井の生涯のパートナーである妻・妙子への取材も通して問いかける。
【スタッフ】
語り:岡田准一
監督:武石浩明
撮影:沓澤安明、小嶌基史、土肥治朗
編集:金野雅也
MA:深澤慎也
選曲:津崎栄作
企画・エグゼクティブプロデューサー:大久保竜
チーフプロデューサー:松原由昌
プロデューサー:津村有紀
TBS DOCS事務局:富岡裕一
協力プロデューサー:石山成人 塩沢葉子
2022年/日本/109分/5.1ch/16:9
製作:TBSテレビ
配給:KADOKAWA
宣伝:KICCORIT
©TBSテレビ
公式HP:http://jinsei-climber.jp
公式Twitter:@jinsei_climber
公式Facebook:@jinseiclimber
11月25日(金)角川シネマ有楽町ほか全国順次公開
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