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「映画文化の中心には劇場がある」米アカデミーCEOと東宝社長がTIFFスペシャルトークで示した映画産業の現在地と展望【第39回東京国際映画祭】

現在開催中の第39回東京国際映画祭にて、世界の映画業界を動かすトップ2人による注目の特別対談「アカデミー・イン・東京:スペシャルトーク」が10月29日(木)に開催された。東京ミッドタウン日比谷 ホールに登壇したのは、アカデミー賞を主催する映画芸術科学アカデミー(AMPAS)CEOのビル・クレイマー氏と、東宝株式会社の代表取締役社長・松岡宏泰氏。司会を東京国際映画祭フェスティバル・ディレクターの久松猛朗氏が務め、劇場の興行回復、配信プラットフォームの台頭、グローバル市場における挑戦、そしてAI時代の映画製作に至るまで、多岐にわたるテーマで深く掘り下げた議論が交わされた。

世界の興行収入について

ビル・クレイマー氏:映画館への観客が戻りつつあり、とりわけミレニアル世代やZ世代が劇場体験の価値を再発見しています。パンデミックやストライキによる落ち込みを乗り越え、興行収入は回復基調にあり、今後のさらなる成長が期待されています。

松岡宏泰氏:日本の映画業界が好調を取り戻している背景には、『国宝』のようなヒット作だけでなく、コロナ禍に業界全体が映画館の灯を絶やさないよう取り組んできた積み重ねがあります。劇場の安全性を訴求し、名作上映やスタジオジブリ作品の再上映、『鬼滅の刃』の記録的ヒットなどを通じて観客とのつながりを維持してきました。その結果、現在の興行収入回復につながっており、今年は『鬼滅の刃』や『国宝』級の特大ヒットがなくても歴代上位に入る興行成績が見込まれています。課題は残るものの、日本映画界は健全な状態に戻りつつあるといえるでしょう。

配信プラットフォームの台頭について

ビル・クレイマー氏:アカデミーは現在、作品賞の対象範囲を広げる議論を進めていますが、その根底には劇場体験を重視する姿勢があります。一方で、この数年でストリーミングは映画に触れる新たな入口となり、新たな才能の発掘や世界同時配信によるアクセシビリティ向上にも大きく貢献してきました。劇場とストリーミングは対立するものではなく共存可能な存在であり、それぞれ異なる価値を提供しています。ただし、映画館で作品を共有する体験に代わるものはなく、映画文化の中心にはまず劇場があるべきだと考えています。

松岡宏泰氏:配信プラットフォームの台頭はテクノロジーの進化による自然な流れであり、テレビやビデオ、DVD・ブルーレイの登場と同様の変化の一つです。ただ、コロナ禍で外出が制限されたことで、その成長は一気に加速しました。当時は映画館の将来を不安視する声も多くありましたが、最終的には映画館と配信は競合ではなく共存する関係に落ち着いています。一方で、作り手側は配信を意識して作品づくりを大きく変えたわけではありません。しかし観客の作品との出会い方は大きく変化しており、SNSを通じた口コミの影響力が格段に増しています。その結果、話題作は勢いよく拡散される一方、本来もっと評価されるべき作品が広く届きにくくなったという難しさも感じています。

韓国映画の『パラサイト』について

ビル・クレイマー氏:映画業界は近年ますますグローバル化が進み、観客は自国作品に限らず、外国映画や名作、アニメ、ドキュメンタリーなど幅広い作品に関心を広げています。特に若い世代には、国境を越えて作品を探求する姿勢が見られます。こうした変化を受けて、アカデミーも国際化を進めており、現在では会員の約4分の1がアメリカ国外の出身者となっています。かつて『パラサイト 半地下の家族』が作品賞を受賞したことは、その象徴的な出来事でした。字幕作品への抵抗感も薄れつつあり、映画のマーケティングや配給はますますグローバルなものになっています。この流れは観客にとって作品との新たな出会いを生み、映画コミュニティにとっても多様な文化への理解や共感を育む非常に健全な変化だと考えられています。

松岡宏泰氏:健全な映画市場とは、自国映画と海外映画、アニメと実写、大作とインディペンデント作品がバランスよく共存している状態だと考えています。日本では近年、邦画のシェアが高まっていますが、それは必ずしも市場全体にとって健康的な状況とは言えません。多様な作品が観客に届く環境こそが、映画文化の豊かさにつながるからです。一方で、世界には依然として自国映画やハリウッド作品が中心の市場も多く存在しています。そうした国々に日本映画が届く余地はまだ大きく、日本映画がグローバルに存在感を高めていく可能性は十分にあると考えています。

アジアのマーケットについて

ビル・クレイマー氏:アジアは世界の映画興行収入の約40%を占める極めて重要な市場であり、映画業界にとってもアカデミーにとっても欠かせない存在となっています。その重要性から、アカデミーは東京国際映画祭への参加をはじめ、アジアとの関係強化を進めています。映画の輸出入の両面においてアジアの影響力は大きく、映画制作者も作品づくりの段階からアジア市場を意識しています。それは特定の市場向け作品に限らず、多くの作品に共通する視点となっています。アジアは今や世界の映画産業を支える中心的なマーケットの一つなのです。

劇場公開と配信の共存について

ビル・クレイマー:映画業界では、劇場公開を出発点とする従来の戦略が再評価されつつあります。劇場での公開は作品への注目度や話題性を高め、観客の関心を喚起する効果があることが改めて認識されているためです。実際に観客は劇場へ戻り始めており、興行収入も回復傾向にあります。一方で、ストリーミングは劇場と対立する存在ではありません。映画館での公開後に配信へ展開することで、作品の寿命を延ばし、より多くの観客に届けることができます。そうした意味で、劇場と配信は共存可能な関係にあり、現在は「まず劇場公開、その後ストリーミングへ」という、数年前までのウィンドウ戦略へと回帰する流れが見られています。

松岡宏泰氏:劇場公開から配信へと展開する「ウィンドウ戦略」は、本来それぞれの会社が判断すべきものだと考えています。そのうえで東宝としては、これからも「映画館ファースト」の姿勢を大切にしていきたいと思っています。それは劇場を運営しているからではなく、多くのクリエイターが映画館で上映されることを前提に作品をつくっていると考えるからです。映画館で最初に作品を届けることは、クリエイターへの敬意であり、ファンに対する最良のサービスでもあります。一方で、すべての人が映画館に足を運べるわけではありません。距離や時間、料金などの事情もあるため、劇場公開後にホームエンターテインメントや配信で楽しめる環境も重要です。だからこそ、まずは劇場で、その後に多様な視聴機会を提供する形が理想的だと考えています。

お二人に共通しているグローバル化に力を入れていることについて

ビル・クレイマー氏:アカデミーは近年、組織全体のグローバル化を積極的に進めています。約1万1,000人の会員のうち、現在は25%がアメリカ国外のメンバーで占められており、その割合は年々高まっています。また、2021年に開館したアカデミー映画博物館では宮崎駿監督の展示を開催したほか、人材育成プログラムやラボを通じて国際的なアウトリーチ活動を展開しています。さらに、カンヌ、トロント、ロンドン、マラケシュ、モレリア、東京国際映画祭など世界各地の映画祭との連携を強化し、グローバルな映画コミュニティとの交流を深めています。こうした変化はオスカーのノミネートや受賞結果にも反映されており、近年は多くのカテゴリーでアメリカ国外の作品や映画人が存在感を示しています。作品賞候補にも非英語作品が継続的に名を連ねるようになり、アカデミーは真に国際的な組織へと進化しつつあります。

松岡宏泰氏:東宝の海外展開は、綿密な長期戦略というよりも、現場での挑戦を積み重ねるなかで形づくられてきた側面が大きいと思います。2022年頃、アメリカの映画館関係者から「ハリウッド作品が不足している今、日本映画やアニメをもっと上映したい」という声を聞いたことが、一つのきっかけになりました。その後、『ゴジラ-1.0』を自社配給で北米展開したところ、大きな成果を上げただけでなく、認知拡大と収益の両面で手応えを得ることができました。そこから「もっと自分たちで海外展開を手がけよう」という考えが強まっていったのです。ただし、それはあらかじめ描かれた青写真を実行しているというより、挑戦するなかで新たな発見を重ね、その都度学びながら次の一手を決めてきた結果だと言えます。海外配給は未経験の領域も多く、日々新しい課題や可能性に向き合いながら、現在のグローバル戦略へとつながっているのです。

映画産業とAIについて

ビル・クレイマー: AIは映画業界に大きな変化をもたらしていますが、その関わり方は職種によって大きく異なります。脚本、VFX、CG、ポストプロダクションなど、それぞれの現場でAIの活用方法や受け止め方はさまざまです。アカデミーはAIを一律に捉えるのではなく、制作支援から生成AIまで幅広い技術として議論している。その一方で、人間の創造性こそが映画づくりの核であり、オスカーが称えるべき価値であるという姿勢は揺るがない。AIの進化に合わせてルールは変わり得るが、その中心にあるのは常にクリエイターです。

松岡宏泰氏:映画業界はこれまでも、フィルムからデジタルへの移行や、特撮からVFXへの進化といった大きな技術革新を経験してきました。AIもそうした変化の延長線上にある一方で、制作工程のあらゆる領域に影響を及ぼし得る点で、より広範なインパクトを持っています。ただし、技術の進化は非常に速く、今日作ったルールが明日には時代遅れになる可能性もあります。そのため、固定的な答えを求めるのではなく、業界全体で議論を重ねながら、それぞれが責任を持って判断していくことが重要だと考えています。

Q:アカデミーの国際長編作品賞について

ビル・クレイマー:ここ数年の間で、この部門はだいぶ間口を広げてきました。カテゴリー自体は存続させていくつもりです。アカデミーは組織としても常に変化を遂げているわけですが、英語でなくても複数のカテゴリーでの選出が可能になっているので、国際的なインテグレーションが進んでおります。

第39回東京国際映画祭
アカデミー・イン・東京「スペシャルトーク」

開催日:2026年10月29日(木) 14:00~15:15
会場:東京ミッドタウン日比谷 ホール
登壇者:ビル・クレイマー(映画芸術科学アカデミー CEO)、松岡宏泰(東宝株式会社 代表取締役社長 社長執行役員 CEO)
司会:久松猛朗(東京国際映画祭フェスティバル・ディレクター)
公式サイト:https://2026.tiff-jp.net/