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『丹波哲郎の大霊界/死んだらどうなる』4Kリマスターで奇跡の復活!三池崇史、丹波義隆、岡安由美子、村上隆、坂美佐子プロデューサーが登壇!三池崇史が明かす復活の舞台裏や丹波哲郎の素顔とは

第39回東京国際映画祭(TIFF)の日本映画クラシックス部門にて、丹波哲郎没後20年を記念して4Kデジタルリマスター化された伝説のカルト大作『丹波哲郎の大霊界/死んだらどうなる』(1989年公開)がワールドプレミア上映され、上映後のトークショーに主演の丹波義隆、出演の岡安由美子、プロデューサーの坂美佐子、新ポスターを手掛けた現代美術家の村上隆、そして司会進行として映画監督の三池崇史が登壇した。

上映直後の熱気あふれる会場に登壇したゲスト陣。三池監督は客席を見渡し、「火曜日の朝からこんなにたくさんの方に来ていただき感謝申し上げます。俺も今観たんですけど、改めて観るとやっぱりびっくりしますね。本当にすごい映画なんだと痛感しました」と作品の圧倒的な熱量に脱帽した様子で語り、トークの口火を切った。

主人公・曽野信一を演じた丹波義隆は「丹波義隆でございます。37年前ですので映画全体の3分の2くらい忘れておりましたが、こんなに素晴らしい映画だったのかと今とても感心しております。『親父、ありがとう』、これが今の率直な感想です」と挨拶。

霊界の案内人・木野かおるを演じた岡安由美子も「私も客席で一緒に観ていたのですが、本当に素晴らしくて一観客として引き込まれてしまいました。美しく蘇らせてくださってありがとうございます」と笑顔で語った。

さらに、本作の復活に賛同して新ポスタービジュアルを描き下ろした村上隆は「三池さんや坂さんに別のプロジェクトでお世話になっている時に、『大霊界をリニューアルする』と聞いて『じゃあ僕がポスター描きましょうか』と自分から言ったんです。ちょうど全体を統括する千葉(善紀)プロデューサーも僕の最初の映画の周りで関わってくださっていた方で、ファミリーのような関係だったので気持ちよく仕事させていただきました」と参加の経緯を告白。

当時29歳の若さでプロデューサーデビューを果たした坂美佐子は「丹波(哲郎)さんの周りには霊界の方が大勢いらっしゃって、『プロのプロデューサーが入るとこの作品はできない。一番の素人はお前だ』と言われ、素人がプロデューサーをやることで完成するんだと参加したのがきっかけでした」と40年前の型破りな起用秘話を振り返った。

司会を務める三池監督からは、本作がなぜ37年の時を経て東京国際映画祭で蘇ることになったのかという衝撃の経緯が明かされた。丹波哲郎の命日に近しい関係者が集まった飲み会で、三池監督の隣に座っていたタンバオフィスの酒井氏と坂プロデューサーが「寺田倉庫に預けてあるネガの保管料が大変だから、もう捨てちゃおうか」と話しているのを耳にしたという。三池監督は「酒井さんが愚痴っていて、坂さんも『そうだよね、大変だよね』と話していて。たまたま耳に挟んで『ちょっと待ってください!』と。これは昭和史の1ページであり、映画界にとっても大傑作。時代が変わり、年齢を重ねて視点を変えることで様々な新しいものが見えてくる普遍的なテーマを持った大傑作なのに、保管料がもったいないから捨てるなんてあり得ない!」と即座にストップをかけたと述懐。「たまたま俺が隣でハイボールをいいペースで飲んでいたから良かったものの、その場にいなかったら捨てられていた。千葉プロデューサーに相談したら『あり得ない』と一致して動いてくれた。昭和天皇が崩御された平成元年1月に公開された奇跡の映画が生き延びて、今日この場所で観ていただくことができた。生前お世話になった丹波さんにほんの少し恩返しができたのかなと思います」と、作品への深い敬意と救出劇の舞台裏を明かした。

続いて三池監督は、映画界の企画から持ち上がったわけではない本作の成り立ちについて「そもそもなぜこの映画が誕生し、丹波哲郎とは何者なのか。死後の世界に行くのに地図なしではあまりにも冒険すぎるだろう、という思いを丹波さんから生前伺っていた。そもそも丹波さんにとって霊界とは何だったのか」と問いかけた。これに対し息子の義隆は「親父はこの映画ができる10年も前からずっと『霊界の映画を作りたい!』と騒いでいました。みんな聞いてるふりをしていましたけど(笑)。親父は宗教家ではないですし、霊感があるわけでもないんです。ただ、研究者なんですよ。世界中の霊界資料を読み漁り、入院した病室やハワイ旅行にまで何十冊も本を持ち込んで学んでいました。経験者からも熱心に話を聞き、それを皆さんに分かりやすく説明する『霊界の宣伝マン』だと本人は言っていましたね」と回想した。

丹波哲郎が霊界研究に没頭したきっかけについて、三池監督は「僕自身、丹波さんと接していてすごく優しくて繊細な方だと感じていた。死に対する恐怖や、仲間たちが死んでいくのを見て『他人の死を我がこととして考えた時に、自分は何も知らない。何でなんだろう』と感じていたのではないか。ただ、誰に聞いてもきっかけが微妙に違うんですよね」と持論を投げかけると、義隆も「『007』の時のスタントマンが亡くなったことがきっかけという話もあれば、坂Pは先輩俳優が病室で『死ぬのが嫌だ』と泣いていたのを見て知らせなきゃと思ったと聞いていた。死後はパーティーをするほどめでたいと言っていた親父ですが、自分のお母さんが亡くなった時はバンバン泣いていました。豪快に見えて、実は誰よりも寂しさや悲しさを抱えた繊細で優しい人だったんだと思います」と父親の人間味あふれる素顔を偲んだ。

また、岡安由美子が「当時、心霊現象を引き寄せやすい体質で不安だと相談したら、丹波さんは大笑いして『そんな下々の話じゃなくて天上界の素晴らしい話だから、絶対見なくなるから大丈夫だ!』と仰ってくださり、現場に入ったら本当にピタッと見なくなった。どんな新人やスタッフにも優しくて、個室があるのにいつも女の子たちの大部屋に入り浸ってみんなと楽しそうにお話しされていました」と明かすと、三池監督は「今だとコンプライアンス的に大変な騒ぎになったかもしれないですけど(笑)、その昭和の大らかさや凄さというものが、大俳優を生み出し、この映画を生み出したというのもひとつの事実だと思うんですよね。とにかくオーラが凄かった」と当時の熱気を振り返った。

さらに話題は、村上隆が手掛けた新ポスタービジュアルへ。三池監督は「村上さんも映画監督として物作りをされていますが、丹波さんと似ているところがある。自分が伝えたいもの、作りたいものがあるから自分の力で映画を作る。これは我々のような職業監督とは全く違う映画との関わり方で、共通点があると感じます」と分析。坂プロデューサーから「霊界には何があるのかと丹波さんに聞くと『お花がいっぱい咲いている』と言っていたので、村上さんに『お花を描いてください』とお願いしたんです。しかも完全ノーギャラで描いてくださって……」と裏話が飛び出すと、村上は「お金に換算すると描きたくなくなるけど、タダだと逆にやりたくなるんですよね(笑)。僕らの世代は子どもの頃や予備校時代に『大霊界』のブームをまともに浴びて生きてきた世代なので、ご縁と因縁めいた流れで描かせていただきました」と語り、三池監督も「完全にお金に換算できない美術品ですよ」と惜しみない賛辞を送った。

最後に丹波義隆が「親父は豪快で、繊細で、大胆な人でした。1作目が『死んだらどうなる』、2作目が『死んだら驚いた』。ぜひ3作目は三池監督に撮っていただきたいですね(笑)」と無茶振りをすると、三池監督も「実は3作目(『大霊界3 死んだら生まれ変わる』)もあるんですよね。規模は小さいけれど、死んで生き返るという(笑)。丹波さんは本当にすごいと思います。10年単位で観るとまた全然違う見え方がする映画なので、生きている間、たまに思い出して観ていただけたら」と応じ、会場は温かい笑いと大きな拍手に包まれた。

『丹波哲郎の大霊界/死んだらどうなる』4Kデジタルリマスター版
第39回東京国際映画祭 日本映画クラシックス部門にて10月27日(火)ワールドプレミア上映

【ストーリー】
「人は死んだらどうなるのか?」――原作・企画・原案・脚本・総監督・出演の1人6役を丹波哲郎自身が務め、大ヒットを記録した伝説の霊界スペクタクル
。精霊界や天界層を描いた極彩色のビジュアルと、当時の最高峰特撮技術を結集したヴィジュアル・エフェクトにより、死後の世界で繰り広げられる人間ドラマを壮大なスケールで描く。

【キャスト】
丹波義隆、岡安由美子、前田吟、若山富三郎(友情出演)、千葉真一、丹波哲郎

【スタッフ】
企画・原案・総監督:丹波哲郎
監督:石田照
脚本:丹波哲郎、溝田佳奈
音楽:宮下富実夫
製作年・スペック:1989年/97分/日本映画/5.1ch/DCP
作品協力:丹波哲郎オフィス
提供:REMOW
©1989 TAM G

東京国際映画祭公式サイト:https://2026.tiff-jp.net/ja/
公式X:https://x.com/tanbatetsurodai