「これからも心の豊かなドラマを作っていきたい」100歳を迎える石井ふく子の決意に船越英一郎もリスペクト!TBSレトロスペクティブ映画祭『女と味噌汁』舞台挨拶レポート
今年9月に100歳を迎えるプロデューサー・演出家、石井ふく子の原点である『東芝日曜劇場』の名作群をデジタル修復して劇場公開する「TBSレトロスペクティブ映画祭 石井ふく子特集 生誕100年記念」がMorc阿佐ヶ谷ほかにて開幕した。公開2日目となる5月23日、1965年放送のドラマ『女と味噌汁』の上映後に舞台挨拶が開催され、石井ふく子と俳優の船越英一郎が登壇。家族以上の深い絆で結ばれた二人が、息の合った軽妙なトークを展開した。
今回上映された『女と味噌汁』は、池内淳子演じる新宿の芸者・てまりが、いつかは自分のお店を持つことを夢見る物語。劇中では、主人公の家に本妻が怒鳴り込んでくる激しい場面が描かれているが、上映終了後にステージに立った船越は「あの押しかけていく奥さん、あれは実は私の母親(長谷川裕見子)でございます」と明かし、会場には驚きと合点がいったような笑いが広がった。1965年の放送当時はまだ5歳だったという船越は、スクリーンに映し出された若き日の実母の姿に「非常に感慨もひとしおでございました。いや、びっくりした。僕はまだこのとき5つだったんですよ。これ、1965年の作品ですからね。全然忘れていました」と当時を振り返り、改めて作品を鑑賞した感想として客席に「面白いでかったすね!?」と問いかけると、会場からは大きな拍手が上がった。
さらに船越は、作中の演出について「最初は普通のホームドラマが始まって、普通に奥さんが旦那さんを見送りするのを延々ドキュメンタリー風に撮ってるのかと思って観ていたら、まさかの展開になりますよね。この先生のドラマは単なるホームドラマではなくて、昭和っていう時代そのものを表している。あの空間だけで当時の日本の暮らしが全部見えちゃうんですからすごいですね」と、一見ありふれた日常をドラマチックに昇華させる石井の演出手腕を称賛。この言葉を受けて石井は、「もうみんないないのよ。寂しいですね。こんな元気でやってたのかなと思って。それからずっと長くお母さんとはお付き合いしててね…」と、かつて共に時代を築き、今は亡き名優たちへ思いを馳せると、船越も「母が亡くなるもうその時までずっと先生、母と一緒にいてくださって」と深く頷き、二人の対話は家族ぐるみの深い情愛の思い出へと進んでいった。
話題は、石井がキューピッドとなった船越の両親(船越英二・長谷川裕見子)の結婚、そして石井の策略によって導かれたという驚きの「船越英一郎誕生秘話」へと遡る。石井が「ゆみちゃん(長谷川裕見子)と仲良しになって、『好きな人がいるんだけど、結婚したいけどどうしたらいいの?』『結婚すればいいじゃない』『そんなこと言ったってなかなか難しいわよ』『じゃあ私が話してあげる』って、それで話をして英二さんと結婚したの」と振り返ると、船越は「これまだちょっと続きがありましてね。本当はもっと巧妙に仕組んだらしいんです」と楽しげに割って入る。それは当時、独身主義者だった母親がアメリカの映画祭へ参加するため、まだ海外渡航が大変で、お互いに「水盃を交わすような決死の覚悟」でしばらく日本を離れていた時代のこと。母親が長い旅路を経てようやく帰国するタイミングを狙い、石井が父親の船越英二さんに「英ちゃんね、そんな(寂しくて大変な)思いをして帰ってくるんだから、あんたゆみちゃんの部屋の前で待ってて、お帰りって言ったらイチコロよ」とアドバイスを送ったという。石井も「よく覚えてますよ」と言うと、船越は「先生から何度も聞きましたから。ああ、これが俺の誕生秘話かと(笑)。それでコロッと行ったんですよね」と舞台裏を暴露すると、会場は大きな笑いに包まれた。
このようにして誕生した船越だが、結婚生活が始まると、さらなる賑やかなドラマが待っていた。石井が「食事の支度もお母さんは何にもできなかったの(笑)。英一郎に食べさせるんで、ご飯を作って持ってったの。そういうことを年中やってたんです」と明かすと、船越も「うちのおふくろはとうとうね、生涯ご飯すら炊けなかったですから。東芝さんに怒られちゃいます(笑)」と自虐を交えて追随。石井はさらに「英一郎を抱きながら色々と散歩に行ったりしてました」と、実の親以上に寄り添ってくれた日々を懐かしそうに振り返った。
そんな幼少期からの深い交流、そして石井が当時からキャリアウーマンを地で行く自立した女性だったからこそ、船越には忘れられない石井の姿があるという。「1つ覚えているのは、先生はその頃からもうずっと車を運転されてたんですね。あの時代、大きな外車を1人で運転されてうちにいらしていただいてたんで、『ブーブで来る、バーバ』て僕は呼んでたんですね。失礼な話ですよ(笑)。先生また当時30代半ばくらいですもんね。でもブーブで来るバーバだから『ブーバー』って言ってたんですね」と当時の愛称を告白。続けて「僕この世界に入るまで先生のことブーバーって呼んでいて、この世界に入る時に心に決めまして、これからはちゃんと石井先生とお呼びして、そして敬語で喋ろうと言って今日に至っております」と真面目な顔で語るが、すかさず石井から「いやそんなことないわよ。時々ブーバーって言うから、私もはいって返事するのよ」と現在の裏側を一刀両断される一幕も。これには船越も思わず「すいません…」とタジタジ。二人のテンポの良い掛け合いに会場からはこの日一番の大きな笑い声が上がった。
トークは再び、作品に込められた日常のディテールへと戻っていく。船越は、劇中で池内淳子が豆腐を切ってお鍋に入れる前に、一度お鍋の蓋にのせてからすっと滑らせる丁寧な所作に触れ、「あんなこと誰が考えつくんでしょうね。あれは当時の日本の奥さん、みんなやってたわけじゃありませんよね、先生?」と問いかけた。すると、石井が静かに自分を指さし、会場から大きな拍手が湧き起こる。石井は「というのも、私の母が何にもできない人だった。おじいちゃんおばあちゃんに育てられたんで、私がなんかやんなきゃなんなくて。おばあちゃん亡くなったんで、母の食事のことから何から全部私がやるようになって、それが役に立ったっていうことだと思うんです」と、家事ができなかった母親の代わりに自身が苦労して培った「生活の知恵」から生まれた演出だったという秘話を明かした。これに対し船越は「今の俳優たちはそんな知恵がもうない。こういうのを見ると日本人の原風景、日常生活の中での習慣や知恵が、ただその仕草を見ているだけでドラマとしてものすごく雄弁に語られていくんだと改めて教わりました」と感嘆の声を上げた。この「飽きることのない日常の知恵や温かさ」こそが、作品のタイトルそのものにも繋がっている。当時としては大胆だった『女と味噌汁』というタイトルについて、石井は「お味噌汁というのは毎日飲んでも飽きない。そういうドラマを作りたい、そういう女性を描きたい」という当時の願いを明かした。
また、イベントでは、映画祭を企画したTBSの佐井大紀プロデューサーが当時の撮影台本を携えて登壇。1960年代当時の『女と味噌汁』台本が現存していることを紹介し、会場を驚かせた。佐井は、「今日見ていただいた『女と味噌汁』は台本が残っていなかったんですけど、実はラストシーンが違う」と説明。池内淳子と長谷川裕見子がインターホン越しに別れを交わす場面は、台本には存在していなかったことを明かした。これに石井は、「やっぱり何か一言残していきたいなと思って。言葉を交じ合わせることが大事なんで、それであのシーンを現場で作りました」と振り返る。船越も「昭和40年ですよ。インターホンなんてまだあんまりなかったんじゃないですか。これをあったかい道具として使ったって、すごい発明だったんじゃないでしょうか」と称賛し、「東芝も喜んだと思いますよ(笑)」と会場を沸かせた。
続いて行われた会場からの質疑応答では、観客からの質問に対し、石井がドラマ作りの根底にある想いを語った。自分自身を豊かにするためのアドバイスを求められると、「友達とお付き合いした方とは、心と心が通じ合うということが一番大事じゃないか、こっちの心を相手に渡す、相手の心を自分が受け取る。それをやっぱりドラマの基本として、私はずっとやっていきたいと思ってます」と回答。また、視聴者にどういった影響を与えようと思って作ったのかという問いに対しては、「私自身の家族がいないんです。ひとりっ子で父も亡くなって親戚もいないんで、やっぱりどこか心が寂しい時もある。だから、視聴者に心の寂しい時は相手ときちっと話し合える人と楽しく過ごしていただきたいという思いで、ドラマをずっと作っております。人の命というのは大事なものなんだということを、皆さん、お子さんたちに知っていただきたいなと思いながら、これからも作っていきたいと思ってます」と言葉を届け、会場からは拍手が上がった。さらに、劇中音楽についての「音楽に関してどのような指示をされたのか、意向をお持ちだったか」という問いに対しては、「うるさくないような音楽にしてます」と即答して会場を笑わせつつ、「大体テーマを考えて作曲家にお願いして、セリフの邪魔にならない、感情の邪魔にならない音を入れたい。最近は音楽が多くなりがちなんですけども、そうじゃなくて心がそれに沁みるような音を入れていくということが一番大事じゃないかと思いながらやっております」と、独自の音作りへのこだわりを語った。
舞台挨拶の終盤、最後に一言ずつ求められると、船越は、「本当に今日はありがとうございました。僕もこんな機会をいただけて、本当に心から感謝しております。」と感謝を述べ、「石井先生には『私は人を殺したりね、事件が起きたりするの好きじゃないのよ』と言われてきておりましたが、私そればっかりやってる……(笑)」と話すと、会場は大爆笑に包まれた。続けて「先生は必ず『あなた、人間がいないドラマはやっちゃダメよ』っておっしゃるので、僕も必ず人間が見えないドラマには出ない、そしてやらない。それを心がけている次第です。先生の作品を見ると、人間を信じることを諦めないっていうのが、作品の根幹に流れているような気がします。人間っていろんなダメなところもあるけど、やっぱり愛すべき愛しい生き物よね、っていうのが先生の心の中にある一番の大テーマじゃないか。当時の日本の暮らしを我々に思い出させてくれるのが石井ふく子作品なんじゃないかなと思っております。先生、とにかくまだまだ作り続けてくださいね」と熱く語り、偉大な師への最大のリスペクトを示した。
これを受け、石井が「ありがとうございます。これからも心のある、心の豊かなドラマを作っていきたいと思います。よろしくお願いいたします」と言葉を結び、満席の客席から鳴り止まない温かい拍手が送られる中、舞台挨拶は幕を閉じた。
「TBSレトロスペクティブ映画祭 石井ふく子特集」
5月22日(金)よりMorc阿佐ヶ谷ほか全国順次ロードショー
<上映館>
【東京】 Morc阿佐ヶ谷 5/22〜6/11
【大阪】 シネ・ヌーヴォ 6/27〜7/10
【京都】 アップリンク京都 7/17〜7/30
【名古屋】シネマスコーレ 7月後半予定
【福岡】KBCシネマ 7月後半予定
<スタッフ>
企画・プロデュース:佐井大紀
エグゼクティブ・プロデューサー:津村有紀
総合プロデューサー:須永麻由、小池博
法務:日向央
テクニカル・マネージャー:宮崎慶太
アーカイブ・マネージャー:崎山敏也、古山徹
スーパーバイザー:山﨑恒成
企画:大久保竜
製作著作:TBS
公式X:@tbs_retro
公式サイト:https://note.com/tbs_retro
(C)TBS
作品ラインナップ(作品解説・佐井大紀)
★『日曜劇場』
1956年以降、毎週日曜よる9時からTBS系列で放送されている、日本で最も長い歴史を持つドラマ番組枠。1958年、石井は日本電建の社員でありながら、この枠の2代目プロデューサーを引き受ける。
■「時間ですよ」(デジタル修復版) (1965年7月4日放送)
後に久世光彦×向田邦子コンビでシリーズ化された名作の元祖単発ドラマ
銭湯「泉湯」の女主人(森光子)は大の働き者だが、その夫(中村勘三郎)は女癖が悪くいつも遊んでいた。ある日近所の未亡人が妊娠、しかもその相手が女主人の夫だという噂が立ち…。「ただの水で稼ごうなんて、水商売もいいとこだわ」など橋田セリフの切れ味は素晴らしく、女性の働き方や生活保護問題など、すでに令和の社会問題を扱っている。森光子は石井の母と交流があった。
脚本:橋田壽賀子
出演:中村勘三郎、森光子
■「愛と死をみつめて(前篇)」(デジタル修復版) (1964年4月12日放送)
脚本、橋田壽賀子。石井×橋田コンビの原点とも呼べる伝説的作品
十代で難病を患ったみち子(大空眞弓)と、遠距離でもひたむきに彼女を愛する大学生・実(山本学)の悲恋。「手術で顔の半分を切除するくらいなら死にたい」と言うみち子に、実は無償の愛を捧げて手術を決意させる。橋田が書いた台本は電話帳くらい分厚かったが、「カットしたくない」と言う橋田の想いを受け、石井は「東芝日曜劇場」において初の前後編を決意した。
原作:大島みち子
脚本:橋田壽賀子
出演:大空眞弓、山本学
■「愛と死をみつめて(後篇)」(デジタル修復版) (1964年4月19日放送)
脚本、橋田壽賀子。石井×橋田コンビの原点とも呼べる伝説的作品
手術を経て一命を取り留めたみち子(大空眞弓)。しかし、さらなる苦難が若い二人を待ち受けていた…。ほぼ病室だけで展開される密室劇だが、セリフは力強く、カメラワークも流麗で圧巻。手紙を読み上げるラストシーン、本来は台本に沿って暗転するところを、監督は現場の直感で大空眞弓の表情を撮り続けた。親の愛、恋人の愛、本人の望み…全てが切ない普遍的な愛の物語。
原作:大島みち子
脚本:橋田壽賀子
出演:大空眞弓、山本学
■「みれん」(デジタル修復版) (1963年6月30日放送)
原作、瀬戸内寂聴。仲代達矢出演で映画化もされた名作
ともこ(渡辺美佐子)は小杉(下元勉)と8年間も不倫していたが、かつてともこを当時の夫から奪った年下の男・涼太(小池朝雄)ともいまだに関係していた。嫉妬深い二人の男の狭間で揺れる女心を描く、瀬戸内寂聴の初期作。激しい情念の世界で「女の生き様」というテーマが息づいている。
原作:瀬戸内晴美
脚本:田井洋子
出演:渡辺美佐子、下元勉、小池朝雄
■「廃市」(デジタル修復版) (1965年6月27日放送)
大林宣彦も映画化した名作のドラマ版
舞台は九州の柳川、人々は死んだような町で死んだように生きていた。郁代(南田洋子)は夫・直之(仲谷昇)が妹の安子(大空眞弓)に想いを寄せているという噂に傷つき、家を出て寺にこもってしまう。閉塞感の中で渦巻く男女の激情とは裏腹に、川辺のロケシーンはまるでルノワールの絵画のようにどこまでも美しい。
原作:福永武彦
脚本:田井洋子
出演:大空眞弓、南田洋子、仲谷昇
■「秋津温泉」(デジタル修復版) (1967年7月2日放送)
吉田喜重も映画化した名作のドラマ版
ある日、数年ぶりに秋津温泉を訪ねた貧しい作家の周作(児玉清)。若女将の新子(大空眞弓)は待ち焦がれた再会に胸を躍らせるが、周作はすでに妻子ある身だった。そこに周作がかつて憧れた未亡人の女や、新子の縁談の相手まで絡み、複雑な大人の恋模様が展開される。演出は、後に「岸辺のアルバム」や「ふぞろいの林檎たち」を手掛ける鴨下信一。
原作:藤原審爾
脚本:八住利雄
演出:鴨下信一
出演:大空眞弓、児玉清
■「女と味噌汁」(デジタル修復版) (1965年6月20日放送)
脚本、平岩弓枝。食を通してシスターフッドを描く傑作、第1弾
新宿の芸者・てまり(池内淳子)の夢は、得意の味噌汁を売りにした店を出すこと。お座敷の客・桐谷(佐藤英夫)との不貞がばれて、その妻が家に乗り込んでくるが、口論の末2人は打ちとけてしまう。石井のアイデアでバナナを食べながら化粧をした長山藍子や、芸者どうしの殴り合いシーンなど、強い女性たちの活躍は時をこえて痛快で美しい。
脚本:平岩弓枝
出演:池内淳子、山岡久乃、長山藍子
■「続・女と味噌汁」(デジタル修復版) (1965年9月12日放送)
脚本、平岩弓枝。食を通してシスターフッドを描く傑作、第2弾
キッチンカーを出店するために教習所へ通うてまり(池内淳子)は、妻と別居中の弁護士・久保田(川崎敬三)と親しくなる。久保田の家を訪ねたてまりは、漬物が生き甲斐の久保田の母に気に入られてしまい、それを知った久保田の妻・やすこが乗り込んでくる…。
脚本:平岩弓枝
出演:池内淳子、長山藍子、山岡久乃
★本映画祭の企画・プロデュース佐井大紀監督最新作も上映
「石井ふく子 100歳~心のドラマの軌跡~」
御年100歳…世界最高齢の現役プロデューサー・演出家の原点と未来
世界最高齢の現役プロデューサーとして、今なお新作を生み出し続けている石井ふく子。その創作の原点や名作の秘話、そして現役として走り続けている「いま」について、2026年の言葉で語ったロングインタビューに、過去の貴重な映像も交え、石井ふく子の神髄に迫る。
監督:佐井大紀
撮影・編集:松岡佑一郎




























