【第38回東京国際映画祭】40年ぶりのスクリーン上映『天使のたまご 4Kリマスター』トークレポート、 押井守「今はもう作れない」

現在開催中の第38回東京国際映画祭で『天使のたまご 4Kリマスター』の上映とトークイベントが行われた。登壇したのは押井守監督、少女役の兵藤まこ、進行役の藤津亮太(アニメ評論家)。1985年のOVA作品が4Kリマスター版としてスクリーン上映される機会ということもあり、遅い時間帯の回だったが多くの観客が集まった。
『天使のたまご』は、押井守が原案・脚本・監督を務め、天野喜孝が参加したオリジナル作品。説明的なセリフを極力おさえ、荒れた都市のような場所をさまよう少女と少年の姿だけで構成された作品として知られている。今回上映された4Kリマスター版は、35mmフィルム原版をスキャンし直した映像と再構成した音響をもとにした新バージョンで、11月14日(金)にドルビーシネマで先行公開、11月21日(金)から全国順次公開が予定されている。
トークの冒頭、押井監督は今回の上映について「こんなつもりじゃなかった。40年前の作品がこうやって世に出るとは夢にも思っていなかった。今のお客さんはどう思うのか、半信半疑で来ました」と挨拶。さらに「よくこんなもん作ったな、よく作れたなと思いましたし、やっておいてよかった。ただ、これはもう今はできない。個人的にもできないし、企画としても通らないと思う」と、当時の制作が現在では成立しにくい種類のものだったと振り返った。

兵藤まこは、まず観客と関係者への感謝を述べた上で、『天使のたまご』が自身にとって初めて本格的に臨んだアフレコの現場だったことを明かした。収録は夜にスタートし、終わったのは深夜帯。編集もすべてフィルムだった当時は、今のように細かい修正を前提にした進め方ではなかったという。「ほとんど真っ白な状態でスタジオに入っていた」と当時を振り返った。
兵藤は今回あらためて本編を観たことで、当時はあまり意識していなかった点に気づいたという。作中では重い車両が現れても、少女は怯える様子を見せない。その無反応さを、兵藤は「いまの紛争地で育つ子どもが爆音や暴力に慣れてしまっている状態のような表現なのか」と押井監督に問い直したという。押井監督はこれに「違う」と答え、作品の舞台は現実の特定の場所を再現したものではなく、「誰もいない街がそこにある」「雨が降っている街に雨が降っている」というイメージの積み重ねで構成していると説明した。少女や少年も、現実の誰かをモデルにした“人物像”ではなく、記憶や感覚に近い存在として描いているという。

当時の収録の具体的な場面として、押井監督は二つのシーンを挙げた。ひとつは、少女が少年に向ける「あなたは誰?」という短いセリフだ。押井監督は「あのセリフが一番大事だった。何十回もやってもらった記憶がある」とし、その言葉は目の前の相手に向けているようにも、自分自身に向けているようにも聞こえるようにしたかったと話した。「この映画は“実存主義だ”と言われたことがあるけど、あながち間違っていない」とも述べ、キャラクターが自分の存在そのものを問いかけるような声として位置づけていたことを明らかにした。

もうひとつの場面は、卵が壊れたあとの少女の叫び声のシーンである。押井監督によれば、もともと悲鳴を入れる予定はなかったが、音響監督の提案で「念のため録っておこう」ということになり、兵藤に演じてもらったという。「やってもらったらその場が凍り付いた。静かな映画だけど、あそこだけ感情が爆発するシーンになった」と振り返った。兵藤も「あのときは本当に泣いていた。嗚咽は本物」と述べ、強い負荷のかかった収録だったことを明かした。

キャスティングの経緯にも触れられた。押井監督は兵藤の声をオーディションテープで聴いた段階で「この人でいく」と即決したと説明し、初対面の印象を「想像どおりで、きれいで驚いた」と語った。収録後にはすでに「次は実写も一緒にやりましょう」と声をかけていたという。押井監督は兵藤について「自分にとってはミューズのような存在」と表現し、彼女には現実の生活感から少し浮いた人物像を自然に託せると感じていたと話した。
イベントの最後に、兵藤は「支えてくださった皆さんに感謝したい」と観客にあらためて感謝を伝えた。押井監督は、当時の主要スタッフの多くがすでに亡くなっていることに触れつつ、「あの人たちが今日を知ったら喜んでくれただろうと思う」と述べ、「この作品はもう終わったものだと思っていた。でもこうしてまたスクリーンで観てもらえることになった。平凡な言い方かもしれないけど、本当に感無量です」と締めくくった。


『天使のたまご 4Kリマスター』
11月14日(金)ドルビーシネマ先行公開、11月21日(金)全国順次公開
原案・脚本・監督:押井守
原案・アートディレクション:天野喜孝
キャスト:根津甚八、兵藤まこ
制作:スタジオディーン
提供:徳間書店/配給:ポニーキャニオン
©YOSHITAKA AMANO ©押井守・天野喜孝・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ
公式サイト:angelsegg-anime.com
公式X:@AngelsEgg_anime
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