戦後80年の「戦争犯罪」 第一回:これは「死に至る犯罪者」ではない──普通の日本人が生きた運命を描くドキュメンタリー『巣鴨日記 あるBC級戦犯の生涯 』
ムービーマービーは毎年夏シーズンの終戦記念日周辺で戦争映画特集をやってきました。終戦の日から80年目を迎える今年は、ちょっと真面目に今回は「戦争犯罪」に焦点を当てたいと思います。
私は「戦争は犯罪だ」という極論には与しません。
戦争と犯罪は違います。現実にあれほどの人間が死んだ第二次世界大戦を経てもなお、世界中から戦争はなくならないし、一方で不幸な人権弾圧もなくならない。人権弾圧に対抗する手段は何か?民主主義国家ならデモが成り立つでしょう。でもそういう国は民主主義じゃない場合が多い。そうなると難民としてどこかへ逃げるか、武器を取るか?人間は自分と家族の生存を守るために戦う権利を有しています。それは犯罪とは違うものです。
ただ、この一見正しい「正義の戦い」は一方のものの見方で、相手にも相手の事情がある、そして理想の裏で悪いこと考えてる奴も世界には多い。
人間に競争と生存権という言葉ある限り、戦争はなくならない。戦争は人間の一部だというのが、二本足で直立してから何万年も武器を取って戦い続けている人類のリアルです。
戦争を肯定するわけではない、でも人類自らの恥部として認めなければならないのです。
だから「戦争反対」ばかりを叫んでいる人は、無自覚なお花畑か、きれいごとを並べて、影で悪いことを企んでいる共産主義者かどちらかです。
ただ、そんな愚かな戦争にも守るべきルールはある。これは少しだけど重要な人類の進化です。お互い正義や利益が違うのだから戦うのは仕方ないけど、「これはダメだ」というのが、近代に至りジュネーブ条約、ハーグ陸戦条約をはじめとする国際法に規定されています。そうでなくても、人間の心の問題、倫理の問題、宗教の問題としてダメなこともある。
ただそれでも、「ダメなことが分からなくなる」「ダメだと分かっててもやってしまう」戦争にはそういう部分もある。そこに振り返るべき人類の業がある。
今回は戦後80周年の終戦記念日特集として、そのような「戦争犯罪」映画について特集したいと思います。特に今まで日の当てられていない角度からの犯罪に焦点を当てたいと思います。
<第一回>
これは「死に至る犯罪者」ではない──普通の日本人が生きた運命を描くドキュメンタリー
『巣鴨日記 あるBC級戦犯の生涯』
「戦犯」というと有名なのが、A級戦犯ですね。「平和に対する罪」ということで、東京裁判(極東軍事裁判)で、戦時の日本の指導者、政治家、軍人、7名が処刑されました。これは誰が誰をどういう権利で裁くのか?という点や、靖国神社への合祀なども含めて、現在まで多くの議論を巻き起こしています。
一方B級C級戦犯とは何か、B級とは「通例の戦争犯罪」主に捕虜の虐待などですね。C級は「人道に対する罪」ジェノサイド(虐殺)、残虐行為だそうです。対象は個人です。
A級は28名が起訴され7名が処刑されていますが、BC級の規模は桁違いです。約5400人が起訴され、アジア太平洋の49法廷で裁かれ、なんと約920名が処刑されているのです。BC級戦犯は権力者ではなく一般の兵隊です。そんなに処刑されるなんて、日本の軍人はどれほど悪辣なんだ!という見方もあるでしょう、一方で当時の日本の状況や日本軍の組織がどのようなものであったのか、現代の我々はこれらの犯罪の中身について想像と理解を働かせることもできるのです。
このドキュメンタリー映画は福岡に飛来した221機のB29に始まります。
1945年6月、陸軍中尉だった冬至堅太郎は、福岡大空襲で母を失った翌日、自ら志願して捕虜となったB29搭乗員の処刑に加わり、米兵4人を手にかけました。
復讐ではありますが、捕虜の処刑は重大な戦争犯罪です。ここに対する日本軍の意識の欠如は決定的だったと言えます。これは日本が未開国だからではないです。明治期の日露戦争時はむしろ世界一、捕虜への配慮のある国だったのに、昭和期に入って特に陸軍は「捕虜にされるなら死んだほうがまし」という教育と共に、敵の捕虜への配慮も地に落ちてしまいました。
堅太郎は戦後敗戦後、BC級戦犯として東京・豊島区にあったスガモプリズンに収監されました。
死刑を覚悟していた堅太郎は内省的に自分に向き合い、「処刑した米兵にも家族が居たはず」という妻の言葉を重く受け止め、日記をつけ始めます。このきっと死にゆくであろう自らの運命を記した日記がこのドキュメンタリー映画の軸になっていきます。昔の人は字が上手です。
そして2年後、彼に宣告されたのは絞首刑でした。
と、ここまでは辛い悲惨なだけの話にみえることでしょう。ところがこの映画はそれだけでは終わりません。観る者にとって、事態は三段階くらい変転していきます。ぐいぐい引き寄せられて、ドキュメンタリー映画としてのおもしろさに満ち溢れています。
まず巣鴨プリズンという場所の特異性。
ここには、他の事件で起訴・収監されたBC級戦犯たちも集まってきていて、思いの外、戦犯同士の交流もあったようです。
「堅太郎は自分一人で自分の犯罪と向き合ったのではない」ということが大事です。
他の戦犯たちが死刑執行される直前の会話は日本人として胸に迫るものがあります。
さらに、岡田中将という、巣鴨の戦犯たちのリーダー的な役割を果たした、日蓮宗に帰依してた将校が言った
「米軍の一般市民に対する無差別爆撃がそもそも戦争犯罪なのだから、それに対する報復は正当性がある」
という言葉に重みを感じます。
その後、状況は変わり、堅太郎は仲間たちの遺書を集めて、ひとつの本を編纂すること決意していきます。
『世紀の遺書』戦犯たちの最期の心の声を集めた本です。そこには戦犯と言いながら、我々と同じ「普通の日本人」が負った自分の罪に対する想い、妻や子供、家族に対する愛がつづられています。これは一体誰の罪なのか?と思います。
さらに、このミステリアスな物語は展開し、舞台は現代に移っていきます。
堅太郎がつづった日記に込めた想いは、彼の息子の世代に引き継がれていきます。
「戦争犯罪」と一言でいうけど、あそこで何があったのか?当時の戦争犯罪の実相はなんだったのか?
これはニュース検索やSNSで探すようなことでは、到底到達できない世界です。
そして、彼らの息子たちももはや70-80才。もはやBC級戦犯たちの心の叫びはこの世から消えかかっている声かもしれません。
歴史の中では、この5400人は単なる犯罪者として処理されていくでしょう。恐ろしいことです。だからこそ、その次の世代が、その中身を伝えていかなければならない。
こういうドキュメンタリー映画があったことに感謝したいですね。
これは、「死に至る犯罪者の物語」ではないです。
普通の日本人が、我々のひいおじいさんの世代が、どのような運命と闘って、どのような理不尽の中で生きたのかが蘇ってくる作品です。是非、観ていただきたいです。
【作品情報】
監督:大村由紀子
語り:山崎夕希子
撮影:廣野善之/音声:篠原圭/編集:川路幹夫
音響効果:寺岡章人/語り:山崎夕希子
プロデューサー:竹下通人、渡辺貞紀、石川恵子
製作:RKB毎日放送
上映時間:76分(1時間16分2秒)
公式サイト:https://tbs-docs.com/2025/title/17.html
【上映情報】
『巣鴨日記 あるBC級戦犯の生涯』
上映期間:2025年8月15日(金)~21日 ※1日1回上映
上映劇場:キノシネマ天神
公式サイト:https://kinocinema.jp/tenjin/
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